「汽車の旅A 寝台特急体験の巻 其の二」


 寝台特急「あさかぜ」は、東京〜博多間を16時間で結ぶ、ブルートレインである。スピード時代に逆行するようであるが、航空機や新幹線には無いゆとりに魅せられて乗車した。格段と向上した車内設備に目を見張りながらも、今日の「寝台特急」の在り方を考えているうち、列車は足取りも軽く横浜に到着した。

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 横浜定時発車。車窓は帰宅を急ぐ人で埋まっている。そこにはいつもの生活が広がり、自分を外から眺めているように思えてくる。

 横浜発車と同時に電話をかけに食堂車へ行った。食堂車の九州側に一角に、テレホンカード専用の公衆電話(携帯電話を改造したもの)が1台設置されている。普段は用が足りているのだろうが、最後部からは搖れる車内を8両(約160m)も歩き、約200名(定員)の乗客の顔を眺めることになる。年輩者などにとっては長い道のりである。列車遅延などで電話利用が集中することを考えると、もう1台くらいは設置しても良いのではないだろうか。

 列車内の公衆電話は新幹線に代表されるが、そのルーツは昭和33年に登場した初の電車特急「こだま」である。当時は交換台を呼び出す方式で、通話区域も大都市に限られていたが、長距離通話自体が一般には珍しく、ビジネスマン向けのサービスだったようだ。

 ともかくも列車電話は、動く密室であった列車を一般社会に代えた。旅客にとってはありがたいサービスではある。反面、日常から隔絶した時間を楽しむ、汽車旅のゆとりを失っている気がしないでもない。しかし、列車電話の魅力は強い。見ると用もないのにかけてみたくなる。自分からかける分には気にならないのだが、新幹線のように車内放送で電話の呼び出しがあると「せっかくの旅情を……」と、大いに気になる。我侭とは判ってはいるが、車内呼び出しを本人だけに伝えるようなシステムが開発されないかと、密かに願っている。

 話は脱線したが、列車は快適な走りで西を目指している。

 横浜発車から間もなく食堂車の案内放送があった。食堂車が込出すと21時頃まで満席が続くとのことである。電話待をやめて夕食としたが、その直後に食堂車は満員。順番待ちの行列ができた。滑り込みセーフであった。

 この食堂車は国鉄が寝台特急の改善の一環として、「あさかぜ」と「出雲」のために改造した車両である。内装は「星空」をテーマにしたカフェバー感覚を取り入れたダイニングである。特徴は、九州側の食事席4卓16席を取り払い、12席のボックスシート(ドリンク専用)を新設した、食事以外での食堂車利用をはかる、新しい試みにある。

 とかく単調になりがちな汽車旅では、食堂車が大切なオアシスとなる。車両の特徴を活かした新しい食堂車を期待していたが、現実には混雑という悲惨な夕食になってしまった。「あさかぜ」の発車時刻(19時05分)が夕食時間に重なるうえ、改造によって食事席が24席(改造前は40席)に減ってしまったことが、混雑を激しくしたのである。15分前に発車した「出雲」でも同じらしく、グレードアップが裏目に出たとしか言いようが無い。

 車内を見るとボックスシートは順番待ちのお客が占領している。一方では旅の解放感からか順番待ちのお客にお構いなく一杯始める御仁も少なくない。さらに、合理化は「あさかぜ」の名物メニューだった「玄海御膳」も奪っていた。時刻表に載っていた。「旅路御膳」も他の列車であり、結局「チャーハンセット」(900円也)で夕食となったが、旅情豊かで落ち着いた食事の夢は無残にも散ってしまったのである。  お節介ではあるが、こんな食堂車を考えながら食事をしていた。

 先ず、時間指定で2000円程度の食堂車利用券を「みどりの窓口」で発売する。この券は食事券になっていて、セットメニューから和食・中華・洋食を選べるようにする。ドリンク類の追加は現金で支払えば良い。食事席は「トワイライト・エクスプレス」や「北斗星」のゆとりが欲しいところだ。ディナーではないから1回を45分位にして回転を図る。(「北斗星は3000円〜8000円で、1回90分。2解で56人分をまかなっている。)さらに、キヨスク程度の内容を持った売店設備のあるロビー車を連結して、食堂車を利用しなかった乗客に対応する。左利きや喫茶を楽しむ乗客のためにカクテルスタンドを作っても良いだろう。  順番待ちの人を見ながらの食事は落ち着かない。空いてからコーヒーでも飲みに来ることとして、早々に退散した。

 ふと見ると、波が銀色に輝いて車窓いっぱいに広がっていた。今夜は満月。列車は次の停車駅熱海に向けて、波打ち際を走っている。

(「ながれやま・わが町」平成2年5月号掲載) 

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