汽車の旅B 寝台特急体験の巻 其の三


 発車してから1時間20分。個室寝台、車内電話、食堂車、車窓いっぱいに広がった太平洋の銀波と「あさかぜ」を満喫していると、もう熱海に到着である。

         *         *         *

 熱海2分停車。僅かな時間に機関士が交替した。乗務を終えた機関士がホッとした表情で見送っている。機関士の技量や性格は、乗り心地を大きく左右する。特に寝台客車ではその違いがはっきりと現れてくる。「あさかぜ1号」の機関士は熱海、静岡、名古屋、米原、大阪、岡山、広島、下関で交替したが、轍の響きは夫々の個性の中に、誰もが丁寧な運転を心掛けていたいたことを伝えていた。地味なサービスだが、これからも大いに努めて欲しいと思う。

 浜松を過ぎてから間もなく、風呂に行った。風呂と言ってもシャワーユニットであるが、サッパリとした気分での車窓は格別である。シャワーは食堂車のレジでシャワー利用券(310円。利用後は記念として持ち帰ることができる。)を購入すれば良い。その際に時間とシャワーボックスを指定される。1回の使用時間は30分で、延べ6分間お湯が出る。もちろん温度調節が可能で、お湯の出る残り時間が秒単位で浴室内に表示される。洗面台やヘヤードライヤーが付いた脱衣室と浴室が扉で仕切られているので、女性でも十分に利用できる。

 シャワーは嬉しいサービスであるが、2台しか無いため、翌朝の利用を含めて30人程度しか利用できない。見ていると「売り切れです。」と断わられている乗客も多い。あと、2台くらいは欲しいところだ。しかし、ビジネス客を中心に、年間乗車率80%以上という「あさかぜ」である。今以上の定員減はビジネス特急としての性格を失うことにもなりかねない。ゆとりと大衆性。JRにとっては難しい問題ではあるが、魅力ある寝台特急のため、JR各社に一層の努力を期待したい。

 23時32分、名古屋到着。意外に乗車客が多く、ほとんどの空席が埋まった。大半は21時24分発の「ひかり」で「あさかぜ」を追ってきたらしい。この方法は割高になるが、東京での滞在時間が増え、翌朝の新幹線を利用するよりも早く九州に到着するし、宿泊代が浮くので利用車は多い。もちろん乗り遅れてしまったときにも有効な方法である。

 名古屋、定時発車。次の停車駅は岡山。時刻表にはレ印(通過の記号)が並ぶ。いよいよ深夜を駆け抜ける、寝台特急ならではの区間である。いかにも特急という感じがするが、実際には機関士の交替、荷物扱いなどで、米原、大阪に停車した。この停車は列車ダイヤに組み込まれているいるもので、運転停車という。乗降を扱わないため、時刻表では通過としている。知らない人は不思議に思うだろう。寝台特急のトリックの一つである。

 2時少し前、列車が日本標準時の一三五度線を通過したのを見届けて眠りについた。

 目が覚めると広島である。早朝にもかかわらず下車客が多い。7時43分発の「ひかり」に乗り継ぐと、9時04分、博多に到着するため、ビジネスマンがよく利用するらしい。構内の喫茶店がすでに開店していた。
 広島から先、宮島口付近で日の出を迎えた。朝風の中、青い車体が朝日を浴びて金色に輝く。闇を突き抜けてきた者だけが知る美しさである。

 岩国の手前で車内放送が始まると、車内は急に活気を取り戻し、昼行列車の趣が漂ってきた。

 徳山の手前で、朝食のために食堂車へ行く。昨夜の混雑がウソのように閑散としていた。食事は今はやりのバイキング形式で、1200円也。少々高いが、ホテルのような落ち着いた雰囲気の中で、瀬戸内海を眺める朝食には代え難いものがあった。やはり食堂車は汽車旅のオアシスである。

 列車は宇部のコンビナートを過ぎ、下関に到着した。下関は三方を海に囲まれ、関門海峡を隔てて九州が横たわっている。いかにも本州の区切りと言った感じがする。

 「あさかぜ」は下関車掌区が受け持っている列車のため、車掌が交替した。車掌は機関士と並ぶ不規則勤務の代表である。「あさかぜ」の場合、1日目に下関〜博多〜東京。3日目に東京〜下関を乗務するとのことである。夜行列車だから到着は翌日となる。乗務中の仮眠は許されない。激務の一語に尽きるが、車掌の仕事については改めて述べたい。

 下関では機関車も関門区間専用のEF81形に代わった。「あさかぜ」にとって、下関は大切な区切りなのだ。しかし、乗客だけが区切られていない。考えてみれば不思議な列車なのだ。

 関門トンネルを抜けてからおよそ1時間。男たちの熱い情熱に支えられてきた「あさかぜ」の旅は終わる。博多に到着すると、長旅をいたわるように、暖かい陽射しが列車を包んでいた。

 「あさかぜ」は休息も束の間、今夜も明日へ向かって闇を切り裂いて走って行く。


(「ながれやま・わが町」平成2年6月号掲載)


トップページ目次次章読み直し書き込み
トップページ目次次章読み直し書き込み