このページは、平成2年4月から7月の間、流山のタウン誌である「ながれやま
わが町」に掲載したものを再録したものです。
生まれた時から汽車が好きな私でしたが、自動車の免許を手にすると同時に、しばらくの間、汽車から離れていました。しかし、所用で九州へ行くにあたり、私は躊躇なく寝台特急「あさかぜ」を選びました。当時、国鉄はJRになって間もなく、一般には「鉄道は運賃が高い」「時間がかかる」と鉄道離れが進んでいる最中でした。そんな中で新幹線ではなく「寝台特急」を選んだ訳ですから、自動車生活に浸っている私を知る人は疑問に思ったようです。親しくおつき合いをさせていただいている「ながれやま
わが町社」(当時。現在は「流山新聞社」)の編集長もその一人で、率直に疑問を投げかけてきました。私は「飛行機よりも安く、新幹線よりも早い時間に到着できて、快適だから寝台特急を利用した」と答えました。細かく理由を聞いた編集長は、「面白いから、今の話を文章にしろ」と言うのです。
先にも述べましたように、私は自動車生活に浸りきっていましたが、「自分の視点は汽車にある」と自覚していたものが、「あさかぜ」に乗って見て、自分の視点を見失っていたことに気が付いて、愕然としていた時でもありました。つまり、私が言う「汽車の視点」とは、進行方向の左右に180度づつ広がる車窓と、見たものを考える時間です。しかし、自動車を運転していると、視界は進行方向に限られ、頭の中は運転に集中しなければなりません。強いて言えば、自動車を運転する以上、見たり考えたりすることはできず、自動車は移動手段に過ぎないのです。それなのに「自分の視点は汽車にある」と思いこんでいたのですから。こう書くと哲学的に感じますが、本当のところは、寝台特急に乗ったことで汽車の虫が疼いただけかも知れません。
人様に読んでいただく文章なのかも考えず、気軽に執筆を引き受けてしまいました。身の程知らずもいいところです。「自分の体験したことだから、簡単に書けるだろう」とタカをくくっていたわけですが、編集長に原稿を読んでもらうと「書き直し」の連続。原稿も遅れがちになり、編集長には大変な迷惑を掛けてしまいました。しかし、私にとっては文章を書くことに前向きになりことができました。この場を借りて、お礼を申し上げます。
なお、再録にあたり、時間や運賃などを現在に即したものにしようと考えましたが、既に8年を過ぎ、「あさかぜ1号」や「オランダ村特急」は廃止となっていますし、割引切符もかなりの改訂がされていますので、混乱を防ぐため当時のままとしました。それでも、寝台特急の旅を楽しんでいただけることと思います。もし、これを参考に旅行プランを計画する方がいらっしゃいましたら、お手数ですがメールでお問い合わせ下さい。読んで下さったお礼として、また、一人でも多くの方が汽車旅の楽しさに気づいていただくために、できる限りの協力をさせていただきたいと考えています。