このページは、平成3年1月から平成6年12月まで、流山の折り込み新聞である「流山朝日」に連載した「鉄道雑学辞典」を再録したものです。実のところ、「流山朝日」は「ながれやま
わが町」が地域新聞社として再スタートしたものですから、「汽車の旅」がそのまま「流山朝日」に引き継がれ、「鉄道雑学辞典」へと発展したのです。偶然とは言え、雑誌の最後と新聞の最初に連載を持てたことに、若干のとまどいと、感謝の気持ちを感じています。
この「鉄道雑学辞典」は、新聞となった「流山朝日」での連載ですから、当然ながらスペースが減少したため、文章が多少硬く、読みにくいかも知れません。また、地域を対象として発行している新聞ですから、内容が流山を中心とした関東地方に偏っています。こんな文章をHPとして公開しても良いのか。公開するなら内容毎にまとめるなどの工夫が必要ではないかとも思っていますが、当時を振り返り、自分を叱咤するために敢えて当時の形態を残し、公開することとしました。その他、連載中に新型車が登場したり、乗車ルポをしましたが、これらは「鉄道雑学辞典(特報編)」として別ページにまとめました。「汽車の旅」とあわせて御一読いただけたら幸いです。
なお、本文の表記と現在の状況が大きく変わっている場合がありましたが、その部分については現在の状況に一致させるよう多少本文を修正したり、文末に「今だから一言」と、書き足りなかったことや、その後の経過などを補注しました。文章の意味が分からないとか、切符や車両についてさらに詳しくお知りになりたい方はメールでお問い合わせ下さい。
平成11年1月23日
元旦の朝、私は時刻表を開き、過ぎ去った旅に思いを馳せる。いつとなく始まった習慣ではあるが、いつしか元旦の朝日に包まれて、旅をしている気分に浸っている。「正月早々、何で汽車の話を」と思われるであろうが、私の頭の中には、絶えず汽車が走っているのだから仕方がない。それよりも、正月の列車の表情でも観察してみるのはいかがだろうか。
午前6時。新年のトップをきって、「ひかり」と「やまびこ」が新しい出会いを求めて静かに走りだした。この列車、普段はビジネス客で埋まり、車内には緊張感すら漂っているが、今日ばかりは和服姿の女性もチラホラ。華やいだ雰囲気に包まれている。
同じころ、大晦日に出発した夜行列車は、新しい年の朝もやをついて終着駅を目指している。乗客の多くは大晦日まで仕事をしていた帰省客である。新年の挨拶で始まった車内放送は、車内に漂っていた昨夜からの慌ただしさを消した。車窓にはふるさとの山が広がっている。
一方、年1回の終夜運転を終えた通勤電車たちは、普段と変わらず黙々と走っている。車内は早朝にもかかわらず、初詣客で混みあっている。いつもとは違った混雑であるが、電車はひたすら自分の役割を果たしている。朝日を浴びて金色に輝く架線が、鉄道の頼もしさを象徴しているようだ。
人に個性があるように、列車にも個性がある。これからしばらくの間、このコーナーで鉄道にこだわってみたいと思う。読者にとって得るものがあれば望外の喜びである。
鉄道など、交通機関を利用する場合、当然のように切符を買う。が、この行為、交通機関と輸送契約を締結したことに気づく人は少ない。
この輸送契約とは、交通機関が定めた規則(約款)に従うことを条件に、公示された代価を正規の窓口で支払うことで成立する。つまり、切符を売買することによって、旅客は規則に従う限り交通機関を利用する権利を持ち、交通機関は安全確実に輸送する義務を負うことになる。
こう書くと交通機関だけが有利に思えてくるが、約款は利用者にとって有利になっているため、「契約云々…」と考えなくても交通機関が利用できるのである。しかし、自分がどのような契約をしたのか、知っていて損はないだろう。時刻表巻末の営業案内を一読されることをお勧めする。
さて、輸送契約が成立すると証書が発行される。これが切符で、株券や小切手と同じ有価証券として位置づけられている。従って、改変、偽造、不正使用などは鉄道営業法の他、刑法で処理されることになる。
よく切符を丸めたりする人がいるが、「心理学的に見ると欲求不満が溜っているためだ」と聞いたことがある。この話をを聞いて以来、切符をいじめている人を見ると、欲求不満の人はこんな顔をしているのかと妙に納得してしまうようになった。
シワシワの切符は自動改札機も通してくれない。いずれにせよ、切符を粗末に扱えば恥を掻くばかりでなく、自分の権利を放棄していることにもなるのである。
私たちが何気なく使う切符には、厚手のもの、薄手のもの、印刷したもの、手書きのものなど、様々な種類がある。最近では券売機や発券機が普及し、機械が発券時に印刷するものが主流となっているが、これらの切符の地模様はJR内部で印刷しているのである。
印刷工場は浜松町駅の近くにあり、JR東日本の需要を一手に引き受けている。ここでは偽造を防止するため、原料となる白ボール紙を製紙会社から買う以外は、印刷、裁断、梱包など全ての作業を行っている。特に厚手の切符は裏に通し番号を印刷し、番号順に百枚づつ束ねて送られてくる。お見事と言うか、もはや芸術品である。
券売機用の切符はロールになっていて、数巻を箱詰めにして送られてくる。これを機械にセットして、発券の度に印刷、裁断をする。以前は金属活字を回転させる方式であったが、最近の機械は自動改札機に対応させるため、感熱式の印刷に変わってきているから、愛煙家は要注意である。
さて、用事が済んだ切符は、駅で補充札(手書きのものなど)、事故札(乗越し原券など)、常備札などに分けられ、印刷工場の中にある審査課に送られる。審査課では切符とは別に送られてきた補充札の発行控と照合したり、常備札の抜取り検査を行うなど、内部の不正に目を光らせている。
こうして全国を旅してきた切符は、印刷工場で細かく裁断されて、製紙工場へ帰って行くのである。
現在ではPOSシステムにより、ほとんどの切符が端末機で発行されるようになって、硬い切符はほとんど見られなくなりました。それでも、わずかばかりですが改札内出札用の入場券や、記念券などが印刷されています。そのため、着札券の審査も以前のように人手に頼ることも少なくなってきています。印刷工場へは2回しか行ったことがありませんが、便利になったと思う反面、何か淋しい気がしてなりません.
改札係が立っている台を「改札ラッチ」と言うが、隠語では「フネ」と呼んでいる。形が船に似ているためらしい。
だいたい改札口は屋外と変わらないような場所にある。下半身だけを囲っているから、夏はとにかく蒸し暑い。汗でズボンが湿っぽくなる。湯船に入っているようなものだから「フネ」と言うのだと実感した。反対に、冬は「寒い!」の一語に尽きる。風避けは邪魔になるので、ほとんど使わない。電熱器を入れてはいるが、後半身には関係ない。スネだけが熱くなる。あまりの寒さに新聞紙のチョッキを着込んだこともある。大変暖かったが、体を動かす度にガサゴソと音がしたり、Yシャツに文字が写ったりしたのには閉口した。
さて、フネの中は20p 位高くなっている。この僅かな高さが旅客の流れを見定めたり、定期券を見やすくさせるのである。もちろん、旅客の表情もハッキリと見える。不正乗車をしようとしている旅客は、自分の顔に「不正乗車をしています。」書いてあるのも知らず、待ち合わせの振りをしたり、何回もトイレにはいるなど、涙ぐましい演技をして改札係のスキを窺っている。このような方の切符は念入りに拝見させていただいたので、高額な運賃の支払い方法について、改札事務室で相談することも度々あった。人様々な態度ではあったが、一様に無様な姿であったことに変わりはなかったことを付記しておこう。
自動改札が全面的に導入されて、改札ラッチは東京周辺では見ることができなくなりました。どこに行っても自動改札機がズラリと並んでいて、駅員さんは端っこの方に一人。これでは、まじめな乗客の過失はチェックできても、非常識なお客が改札を無理矢理通っても押さえることができません。時代の流れとは言え、私は自動改札が大嫌いです。
改札口は駅の顔。旅客には格好の待ち合わせ場所である。改札では切符にハサミを入れる。が、単に切符を切っているだけではない。瞬間的に切符の正当性を判断し、輸送契約の実行が始まったことを証明するためにハサミを入れるのである。ハサミなくして旅は始まらないのである。
ハサミの形は40数種。駅によって決められている他、時間や期間によって形を変えている駅もある。(企業秘密だったので、詳細は省略)
ハサミは手造りの鍛造品。明治時代の開業以来、構造は変わっていない。しかし、使いこなすと自動改札機の2〜3倍の速さで旅客を通すことができる。使い方は、親指と人差指の腹で雌刃の両脇を持ち、残り3本の指で雄刃の柄を持ち上げるようにして挟み切る。行楽地など、定期客の少ない駅で、両側の通路を開けて、1時間に3000人を通すことができれば一人前である。熟練者はカチカチと空打ちのリズムで旅客の流れの速度さえも調節している。一方、新人はハサミの脇を支えきれないから、柄の中へ指を入れてハサミを持つ。このように持つと掌が余るので、柄の尻で掌を挟み、血豆を作る。痛みは強烈だから余計に遅くなる。お客からは「モタモタすんな!」と怒鳴られる。加えて矢継ぎ早の質問。あせるから切符を切る方がおろそかになり、また血豆を作る。こうして、花の改札係が誕生するのである。
現在、JRは改札ハサミを全面的に捨て、ホッチキスのようなスタンプを採用しています。これだと、入鋏日付や時間帯、駅名が明確になり、それなりに改札ハサミにはなかった効果をもたらしています。スタンプ式の採用は以前から言われていましたが、「乾きにくい速乾性のインク」と言う大きな矛盾と、改札ハサミとは比較にならないほど劣った作業性が問題となっていました。しかし、自動改札機の全面導入が実現化するとともに、某大手スタンプ会社とJRが共同開発した特殊インク(国際特許だそうです)が功を奏し、現在の形になりました。
去る平成3年3月16日、JR各社のダイヤ改正が行われた。
ここで言うダイヤとは、縦軸に時刻、横軸に距離(駅名)を刻んだグラフに、回送列車や臨時列車を含む全列車を斜線と記号で現したもの。一枚のダイヤからは、駅名、発着・通過時刻、発着番線など列車の運行に必要なデータが最小10秒単位で読み取れる。名前の由来は、英語のダイヤグラム(菱形の意)を略したもので、正式には「列車運行図表」と、いささかいかめしい名前が付いている。
ダイヤの作成は「スジ屋」と呼ばれる専門の社員が行っているが、社会のニーズ、駅、線路、車両、車両基地など様々な条件が複雑に絡み合っている中から、最良の車両効率を作り上げる作業である。しかも、新ダイヤに移行するために1回だけ使用するダイヤや災害復旧のために短期間だけ使用するダイヤもつくるのだから神業としか言い様がない。
こうして作られたダイヤは駅や基地にまわされ、現場では作業時間を再編成して改正当日を迎える。私も何回か改正の日に勤務したが、普段と勝手が違うため緊張の連続であった。
たかが数分と思うなかれ。短縮した数分に利用者の数を掛けただけの時間が作り出され、日本経済の原動力となるのだから。
改札に立っていると様々な人を見かける。中には乗客を商売道具にする悪い奴も多い。
悪いとは言え、日本のスリは世界一の技術者だそうだ。特に車内専門に働く連中を「ハコ師」と(ハコ=客車のこと)呼ぶが、ポケットやカバンはもとより、身に付けている装身具さえも失敬するのだから恐れ入る。刑事や同業者からも一目置かれているほど、ハコ師の技術は凄い。
ハコ師は狙いを定めても、すぐには仕事はしない。平静な顔で鋭く周囲を観察し、安全確認?を十分にする。列車が駅に近づくと営業開始。列車はポイント通過や減速で搖れるし、ほとんどの客が下車することに気を取られているから注意が散漫になる。逃げることも考えると理想的な営業時間帯である。
被害者には気の毒だが、改札で見ていると「是非、スリ取って下さい」と言わんばかりの人がいる。これは、刑事もスリも同じことを言っている。これからの行楽シーズン。「楽しき中にも注意あり?」である。
最近、「実録警察24時」などの特集番組で、鉄道警察隊の活躍が取材されると、必ずスリが出てきます。しかし、見ていると、ほとんどが寝込みを狙っています。白昼、人前で堂々と財布をスリ取るような仕事師はいないようです。
以前、スリから恐れられていた車掌さんが何人かいました。その車掌さんが乗務する列車ではスリ被害が一件もないのです。スリに言わせると、「あの車掌の列車で仕事をしたら、申し訳がない。」(?)とのこと。きっと、「スリであっても正規の切符を買って乗車する以上、乗客である。」と誠心誠意、対応していたからではないでしょうか。何となく解るような気がします。
その車掌さんが乗務する列車に乗ったら、当時、車掌が車内放送で自己紹介することはなかったのに、「乗務する車掌は、○○車掌区の××です」と名乗ったり、「ただ今、スリがこの列車に乗り込んだ模様です。お手数ですが、今一度、御自分の御荷物だけをお確かめ下さい。なお、他人様の御荷物を確かめる必要はございません。」と、楽しくなるような車内放送をしていました。
常磐線快速電車は、ラッシュ時間帯には15両編成で走っている。これは輸送力増強の手段として、従来の10両編成(基本編成)の取手寄りに5両編成(付属編成)をたしたもの。編成長は300m。東海道線や横須賀・総武快速線と並び、通勤電車では世界最長を誇っているが、これ以上の増発ができないために生まれた、恥ずべき世界一なのかも知れない。
ところで、常磐線快速電車の中に「大宮行」があるのをご存じだろうか。これは、前述の付属編成を活用した臨時電車で、北小金から武蔵野線に入り、南浦和から東北貨物線を走る。通勤用車両ではあるが、「ホリデー快速おおみや」と言う立派な愛称も付いている。逆は「ホリデー快速とりで」。柏〜大宮間を約45分で走る。東武野田線よりも30分以上速い。
ともあれ、普段は旅客列車が走らない貨物線を走るので、車窓に新しい発見が期待できそうな列車である。
常磐快速線の15両編成は、現在でも効果を上げています。
「ホリデー快速おおみや号・とりで号」は、主に行楽シーズンの休日に2往復していましたが、1年足らずで廃止となりました。乗客が少なすぎたことが直接の原因ですが、「貨物線でも旅客列車を走らせるて良いではないか」と、先鞭をつけた列車です。
現在では大宮を起点として、武蔵野線を経由して内房線、横須賀線、中央線方面に臨時列車が走っています。何かの機会に見つけて乗ってみてはいかがですか。
行楽シーズンや帰省時期になると「切符が取れない」と苦情に近い声が聞こえてくる。大きな声では言えないが、今回は筆者流指定券獲得法を伝授したい。
@列車を選ぶ。(臨時列車の方が空いていることが多い。行き先にあった列車を利用すること。)
A第2希望、第3希望を見つけておく。
B発売開始時刻に遅れない。(発売は1カ月前の同日午前10時から。)
C「みどりの窓口」がある、空いている駅を狙う。(大きい駅は購入者も多い。機械に打ち込む順番が大切なのである。)
以上の方法で、取れる筈である。(数の少ない個室寝台などは別として。)もし取れなければ、
D発売当日の夕方、乗車13日前の午前中、乗車2日前の夕方などキャンセル料が高くなる直前が、キャンセル待のコツである。
E発車直前まで諦めない。(自由席を覚悟していても、通勤途中や乗り換えの際など、機会のある度に「みどりの窓口」に立ち寄ること。)
F分かれて乗車する。(4枚よりも1枚、2枚のキャンセルが圧倒的に多い。)
G短距離の普通列車を乗り継ぐ。(荷物は宅送便で別送し、手ぶらで行くこと。300Km位(山形、長野、名古屋など)なら5〜6時間位で行ける。普通列車は空いている場合が多く、優等列車では味わえない、ゆったりとした旅が格安で楽しめる。)
輸送量が減ったとは言え、帰省シーズンともなると、やはり指定券は確保しにくくなっています。やはり、発想の転換が必要ではないでしょうか。
駅には全てが揃っている。列車に乗るだけならば立派な駅舎は必要ない筈なのであるが。 駅の設備と言うと、出札、改札、売店などがすぐに思い浮かぶ。ちょっと大きな駅になると、駅ビル、旅行センター、旅行案内所、待合室などがある。広すぎる欠点はあるが、駅舎には旅行を演出し、旅行者を保護する設備がギッシリと詰まっている。この設備を上手に利用すれば、より良い旅を満喫できる。
旅先では、観光協会など公立の旅行案内所には必ず立ち寄りたい。悪質な客引きを心配することもなく、安心してその土地に関する詳細な情報を得ることができる。時間がなければパンフレットを集めてくるだけでも良い。旅の記念が無料で手に入る。
時間があれば、駅舎やホームの細部を見て歩きたい。古い駅であればホームの煉瓦積みが開業当時のものであったり、柱の古レールに明治時代の刻印があったりして飽きることはない。駅は歴史を見つめているのである。
私事ですが、平成8年度と9年度に「千葉県交通産業遺跡実態調査」の調査員を命ぜられ、トンネルや鉄橋、軌道敷などを見て歩きました。それまでも注意して見ていたつもりですが、改めて細かく見て行くと、細部に至るまで考え抜かれた工夫がぎっしりと詰まっており、建設当時の鉄道に寄せる熱い思いが伝わってきました。「鉄道は生きている」を実感した2年間でした。
去る平成3年6月20日、東北・上越新幹線の東京〜上野間が開業した。昭和46年の着工以来、20年目にしての全線開業である。この間、石油ショック、総需要抑制政策による工事凍結、沿線の反対運動など、新幹線を取り巻く社会は大きく変化した。それだけに工事を担当した技術陣にとっては感慨無量だろう。東京まで乗り入れたことによって、見合うだけの経済効果が生まれるような運営をJR東日本に期待したい。
ご存じのように、新幹線は政府の手によって、路線や運営時業者が決定されたものである。受け入れる鉄道会社(当時は国鉄)に選択の余地はなかった。「鉄道は公共性を優先しなければならない」と言ってしまえばそれまでである。しかし、採算性を度外視した鉄道を勝手に作り、無理やり押し付けて実績とする鉄道行政であって良いのだろうか。「我田引鉄」は未だに無くなっていない。(現在も「整備新幹線計画」の名で行われている)
東北・上越新幹線は、政治にもてあそばれ、傷だらけで誕生した鉄道であることを覚えておいて欲しい。開業を素直に喜べない筆者である。
今は珍しく無くなった新幹線です。珍しさから東京〜上野間や、東京〜大宮間で新幹線を利用するする人はあまり見かけなくなりましたが、「あさま」「こまち」など新しい車両が増えましたから、休日ともなると、お父さんに連れられたチビッコ達が目を輝かせて乗っています。
因みに東京〜上野間の自由席特急料金は820円。東京〜大宮間ですと自由席特急料金は1020円の特例料金が適用されます。(指定席は2300円、2500円で特例はありません)また、大宮以遠から東京まで利用する場合は、上野までの特急料金に一律200円を加算した額となっています。
汽車旅の醍醐味は移り行く車窓にある。見ているだけでも良いがちょっとした小道具を使うと、より味わいのある旅ができるので紹介しよう。
@地図=車窓ガイドの決定版。道路地図や国土地理院の地図が良いが、荷物になるので折り畳み式の鉄道地図(観光案内付き)が良い。通過する駅も一目瞭然。気に入った場所に書き込をすれば、自分だけの車窓案内書ができる。
A時刻表=乗車する線区を切り取って綴ったもの。方面単位で全時間帯をカバーしても5mm程度だから、必ず大型時刻表を使用する。急な旅程変更の際には絶大な力を発揮する。
Bイヤホン=最近の車両にはオーディオ設備のある車両が多い。もちろんステレオで、オリジナル番組もある。車内が騒がしい時には強い味方となる。
C電卓=ちょっとした距離計算や費用計算に重宝する。
D手帳=ポケット付きのシステム手帳が良い。ポケットには切符やオレンジカードを収納する。手帳には旅程や住所録の他、運賃表や割引切符の案内を貼付しておくと意外なところで役に立つ。
これからの行楽シーズン、小道具を駆使して、車窓を十分に味わって欲しいと思う。
この文章を掲載したとき、「子連れじゃないから、そんなに荷物を持っていけるのよ」と指摘を受けました。現在、子連れになってみると「確かに邪魔な荷物である」と実感しています。近郊など何回も行っているところでは持っていきませんが、初めてのところへ行くときはどうしても持っていってしまいます。最近は、これらの荷物に「線路縦断面図」(勾配や曲線等、線路の状況が図示されたもの)が加わり、同行者のため息が聞こえています。
今年もJR各社から「青春18きっぷ」が発売された。この切符、名前に関係なく誰でもが使えるが、ちょっと変わった条件が付く。
@値段は5回分で11300円。
A1枚づつ切離して使用できないが、同一行程であれば複数人が同時に使用できる。
B各券片ともJRが決めた利用開始日から利用終了日までの、任意の日に有効である。
C有効の日は1日中、乗り放題である。
DJRの普通列車、快速列車、連絡船の普通車に限り利用できる。(料金を必要とする特急、急行、寝台車、グリーン車を利用するときは乗車券も必要となる。)
E普通列車、快速列車の指定席を利用する場合は、指定券を購入すれば利用できる。
F任意の日は、0時から24時まで有効となる。ただし夜行列車は午前0時を過ぎて最初に停車する駅から(まで)。国電は終電車まで有効と言う特例がある。
要するに、片道71Km以上を日帰りする場合。141Km以上を乗車する場合には安くなるのである。一例を揚げれば、朝7時に東京を出発し、夕方4時頃まで乗車したとすると、京都、直江津、村上、北上あたりまで行けるのである。帰省なら荷物を別送して、手ぶらで1日列車に揺られるのもオツなもの。上手な使い方を考えて欲しい切符である。
売り出し当時は5枚綴りで、1枚づつ切り離して使用できたのですが、人気が高く、共同で5枚綴りを買うなど、JRが想定した「個人が5回、或いは5人グループが1回使う」と言った使われ方よりも、残券を金券ショップに売るなど、個人が数回利用するだけの使われ方が一般的になりました。これに対処したのが現在の方式で、1枚の切符に5回のスタンプを押印します。何かと不正乗車のネタに使われた切符でしたので、多少、不便になってしまったのは仕方がないのかも知れません。
京葉線の開通に併せて「舞浜」が開業した。この駅、東京ディズニーランド(TDL)のすぐ目の前にある。JR東日本では駅名に「東京ディズニーランド前」を考えていた。しかし、TDLは「TDLを名乗る以上、駅舎も車両もメルヘンチックなものでなければ、名前は使わせない。」とつっぱねたため、仕方なく駅名を「舞浜」にしたといういきさつがある。
それでもTDLの人気は強い。JR東日本では余っていた急行用車両を改造して、TDLに会わせた快速電車「シャトル舞浜」号を設定した。区間は東京〜西船橋。途中舞浜だけに停車する。3両編成と短いが、海が良く見えるよう、座席配置に工夫が凝らされている。車内にはTDLのテーマソングが流れ、乗った時からTDLが楽しめる。たまに通勤客も乗車するが、勝手が違うのか、なんとなく落ち着かない様子。この電車に乗ったら人目を気にせず、充分に楽しんでしまうのが、上手に利用するコツである。
この列車は、西船橋〜東京間と言う、中途半端な距離で利用者が意外と少なかったことや、京葉線の線路容量が不足したなどの理由で、3年ほどで廃止になりました。その後、車両は田町電車区から新潟へ配置転換され、内装はそのままにして塗色だけを変えて「アルファ」と命名されました。現在は越後湯沢付近で「スキー臨時列車」や「ホリデー快速アルプ」として元気に活躍しています。
最近のJR東日本は「ホリデー」にこだわっているらしい。電車の愛称や小冊子の名前は「ホリデー」だらけ。JR東海の「日本を休もう」に対抗した訳ではないのだろうけれど面白いことになってきた。どちらに軍配が上がるか楽しみである。
さて、「ホリデー」にこだわるJR東日本は「ホリデー・パス」なる割引切符を発売した。この切符、日曜・祝祭日の内の1日だけ使えるもので、東京近郊区間内(東海道新幹線を除く)は乗り降り自由という、変わりだね切符である。
東京近郊区間と言うと、100Km以上の距離であっても途中下車ができない。経路にかかわらず、最短距離の運賃を適用するなど、特例がひしめいている。
今回の「ホリデー・パス」は乗客のサービス面よりも、特例を取り払うことによって、精算や改札業務の省力を狙ったのでは?と疑いたくなる。しかし、大人2040円、子供1020円は安い。工夫して上手に使いたい切符である。
うりば=区間内の主な駅と旅行センター。
@特急、急行、グリーン車などを利用する場合は、別に特急、急行、グリーン券を購入すれば利用できる。
A使用開始後の払い戻しはできない。
B東海道新幹線は利用できない。
C詳しくは駅で配布しているパンフレットを参照のこと。
発売当初は僅かな期間に限られていましたが、現在では、ほぼ通年的に発売されています。特に、正月三賀日は休日扱いとなり、この切符が使えます。
鎌倉や成田などの初詣の際、片道1010円以上の区間であれば往復するだけで安くなります。(因みに、柏〜鎌倉間は1500円。往復するだけで1000円も安くなり、これに「ディタイムグリーン料金回数券」を併用すると、往復ともグリーン車を利用しても、通常運賃と同額になってしまいます。)
また、フリー区間を拡大(伊東、甲府、宇都宮、上毛高原、房総全線、水戸)した「スーパーホリデーパス」(4080円)、有効期間を2日間にした「2dayパス」(6120円)も加わりました。
最近、豪華な設備を売物にする列車やジョイフルトレイン(御座敷車両や洋風サロンカー)が増えている。これらの列車の特徴は、サロン室、食堂、売店、シャワー、展望室など、乗客が自由に使えるフリースペースが充実していることにある。今まで目的地に着くための輸送手段に過ぎなかった列車が、乗って楽しむ列車に変化してきたのだ。これらの列車はJRの目玉商品として、団体列車に使われることが多いが、多客期には臨時列車としても使われており、普通の列車と同じ料金で豪華な旅が楽しめる。
また、これらの列車がきっかけとなって、定期列車の内装も大幅に改善されつつある。特にグリーン車では座席やトイレと言ったハード面の充実はもちろん、女性乗務員によるシートサービス、車内を通り抜けさせないといったソフト面の改善も進んでいる。
これらの列車は時刻表本文に注記があるので、簡単に探すことができる。時刻表とじっくりつき合って、ゆとりある汽車旅に挑戦するのも旅の醍醐味である。
常磐線は、大きな事故と不思議な事件の舞台になったことがある。
大きな事故は、昭和37年の三河島事故である。この事故は赤信号で止まれなかった貨物列車が脱線したところへ、下り列車が衝突し転覆。さらに上り列車が線路を歩いていた乗客を跳ね飛ばしながら、転覆していた電車に衝突し、高架下の民家に転落したのである。この事故がきっかけになってATSが開発されるのであるが、余りにも大きな犠牲であった。
不思議な事件は、昭和24年、北千住〜綾瀬間の東武線と交差する常磐線上で起きた下山事件である。自殺か他殺かで大きな話題となったが、戦後の混乱期、占領下、GHQ、首切りなど、余りにも暗い背景である。
私の学生時代に「下山事件の真相」(上巻のみ。下巻は未刊。)という本が刊行されたが、その一週間後に出版社が解散してしまった。戦後の陰がいまだに付き纏っていたのである。
この事故、事件は二度と起こってはならない。通る度に祈る筆者である。
三河島事故の現場は三河島駅の南千住よりで、下り本線と田端から来る貨物線(三河島のホームから見える上り勾配の線路。常磐線が最初に開通したルート)との合流点です。以前は貨物列車のルートを通ることはできませんでしたが、現在は「ホリデー快速ときわ鎌倉号」が走っていますので、事故現場を別の視点から見ることができるようになりました。
下山事件の現場は東武線と常磐線が交差したところで、現在は千代田線の下り線となっています。
常磐線の内、快速線にあって緩行線にない大切なもの。それは色灯式信号機である。
快速線は従来の信号方式でATSが使われている。これは赤信号を無視できなくする装置で、三河島事故がきっかけとなって、全鉄道で採用されるようになった。しかし、あくまでも人間を補助するシステムで、完全な列車防護システムではないのである。
緩行線に採用されているATCは、ATSの停止機能に、速度調整機能が加わったシステムである。運転台には制限速度を表示する信号機があり、制限速度を越えると自動的にブレーキが作動する。(赤信号は0Kmが表示される)ATSよりも安全度が高いため、列車間隔を最小限に詰めることができるのである。しかし、このシステムは電車に限り有効という欠点がある。このため、貨物列車や客車列車が通る常磐線ではATSに頼るしかないのである。
これからも、より安全なシステムが開発されるだろうが、安全は人間が守る以外に方法はないのである。
ATSをATCに変えるためには莫大な費用がかかり、国電区間のように列車密度が濃い路線でなければATCの効果は期待できません。JRでは、先行列車との列車間距離が600m以下にならないよう、青信号でも自動的に列車速度を減速させるATS−P型を積極的に導入しています。
全ての乗り物には乗り心地がある。しかし、日本の鉄道技術は乗り心地よりも、高速大量輸送に耐える鉄道を目標として進歩を続けてきた。このため線路と車両性能は格段に良くなったが、車両設備は旧態以前のまま、アンバランスな輸送が続けられてきた。その象徴が新幹線である。その後、社会は鉄道にゆとりを求めてきた。この声に応えるべく、最近になって車内設備を充実させた新車や改造車が誕生し、注目を集めている。
しかし、乗り心地は車両や線路だけでは決まらない。ちょっとした小旅行を思いだして欲しい。指定券を持たずに平然と指定席に立ち入ってくる図々しい乗客。大騒ぎこそ旅行の心髄と心得ている団体。車内を走り回る子供と注意さえできない親。タバコで紫色になった空気。喰い散らかしていく人たち。等々。車内の雰囲気によって乗り心地は大きく左右されるのである。車両設備も接客態度も向上してきた今、より良い乗り心地を作るのは、私たち乗客にほかならないのである。
最近の列車はブレーキの性能が良く、また、安全機器の導入によって例え1キロの速度超過でも急ブレーキが作動します。このため、車輪がロックしたままレール上を滑り、車輪の一部が直線的に摩耗してしまう「フラット」を起こしている車両が目立ちます。勿論、安全許容値以内なのですが、僅かなフラットでもダダダダダと周期的な音や振動が車内に伝わり、乗り心地を大きく損ねています。
特急や急行などの優等列車には、愛称が付いて親しまれている。が、この名前は本名ではない。ニックネーム(愛称)である。
本名は、数字とアルファベットを組み合わせた列車番号である。
列車番号の付け方は列車と国電で異なっているが、基本的には下り列車を奇数、上り列車を偶数で表している。
列車の場合、Mが付いていると電車列車。Dが付いていると気動車列車。数字だけの場合は機関車が引く客車列車を表している。数字は、常磐線の場合、上野発着の普通列車が400番代、水戸以遠の普通列車が600番代、特急「ひたち」が1000番代のように使い分けがなされている。
国電の場合は同じ線を数往復するので、上二桁で始発駅の発射時刻、下二桁で編成を表している。上り列車の場合は末尾から1を引いて偶数にしているから同じ番号にはならない。アルファベットは線区の記号で、常磐緩行線の場合、JR車両がK、営団車両がSを使っている。ちなみに快速電車はHである。
国電の列車番号は関東地区では上記の通りですが、関西地区では上二桁で始発駅発時刻、下二桁で始発からの発車順序、アルファベットで運転区間などを示しています。
また、関東地区の民鉄ではおおむねJRに準じてはいますが、線区の状況に合わせ独自の番号表記を行っています。
最近、JR各社を始めとして、新車が続々と登場している。理由はサービス向上、需要開拓など様々であるが、本音は国鉄から引き継いだ車両が取り替え時期に来たためらしい。
車両の値段は種類によって大きく異なるが、電車の場合、1両1億円から2億円。新幹線300系は5億円とも言う。いかにJRが巨大資本を持っていようとも、決して安い買物ではない。高性能の新車を投入しても、全編成が新車にならないと、その効果は期待できないのである。ある日を期して車両の一斉置き換えができれば良いのであるが、車両の保管場所、乗務員の訓練、整備体制の確立など、目に見えない重大な問題が山積みしている。新規開業でもない限り、一斉置き換えは不可能に近い。従って少しづつ置き換える方法が採用されているのだが、とにかく時間がかかる。あの山手線でさえ2年を要したのである。
新車投入を「積極的な営業姿勢」と評価する向きも少なくないが、鉄道会社としては「車両事故があってはならない」と、やむを得ず新車を投入していることを考えると、一概に積極的な営業姿勢とは言い切れない。
鉄道会社にとって、新車投入は経営を左右する、重大な問題の一つである。
連結器と言うとゲンコツのようなスタイルが思い出される。この連結器、正式には「自動連結緩衝装置」。略して「自連」と言う。
自連はアメリカで考案され、日本人技師が改良したものである。登場は大正8年。名前の由来は、車端のレバーを操作するだけで解放ができ、車両を押し付けるだけで自動的に連結できることに由来する。それまで使われていたチェーンの親分みたいな連結器(リング式)の欠点を全く無くした画期的な連結器である。
しかし、鉄道先進国と言われた欧米では一部だが、現在でもリング式を使っている。これは、連結器を一斉に交換しなければ車両の運用ができず、経済混乱を来す恐れが充分にあり、自連の利点を認めながらも交換に踏み切れなかったためである。
これに対し、日本では充分な検討と準備を重ね、1日でこの「世紀の大事業」を成し遂げた。大正14年7月17日のことである。世界中の目が注がれる中、一つの事故もなく終了させ、輸送力の飛躍的な向上を実現させたのである。その後、国単位での連結器交換は行われていない。否、行えないのである。この連結器交換によって、日本の鉄道技術は世界に認められたばかりでなく、世界の鉄道技術をリードする出発点にもなったのである。
電車の連結器は「密着式連結器」と言って、ブレーキ管や電気配線なども一緒になったスタイルです。実のところ、日本には2種類の連結器が使用されています。最近では、「密着式連結器」に自動解結装置をつけたものや、異形式との混結を全く考えないで、鉄板をボルトで固定する「棒連結器」なども目立ってきました。
シュプール号はスキー客を対象にした臨時列車の愛称で、スキー場最寄り駅から専用のバスがスキー場まで連絡している。もちろんスキーヤーでなくとも利用できるが、車内は若いグループがほとんど。夜汽車の旅情は味わえないかも知れない。
さて、このシュプール号の予約が10月1日から始まった。行き先は盛岡、山形、会津若松、小出、妙高高原、南小谷。全列車とも指定席で、下りが夜行、上りが昼行。おもに特急用車両(座席車)を使用するが、山形と妙高高原への列車にはジョイフルトレイン、盛岡への列車にはB寝台を使用するなど、多彩な構成になっている。気になる運賃料金もかなり安くなっている。時間帯は夜10時台に出発し、翌朝7時から9時頃に到着する。(上りは15時頃出発し、22時頃到着する)ビジネスにはともかく、スキーにはピッタリな列車である。
詳しくは時刻表の巻頭にある「JRニュース」で。柏、新松戸などの旅行センターで発売している。
とにかく安いため、原則として往復ともシュプール号を利用する。発売箇所が限られる。乗車変更がしにくい。などの条件が付いているため、一頃より人気は落ちたものの、冬の風物詩として定着しています。
また、長野地区では関東と関西の両方からシュプール号が来るため、長野周辺の駅では普段見られない車両がひしめきあうなど、鉄ちゃんには楽しみな列車群になっています。
今年も「フルムーン夫婦グリーンパス」が発売された。
この切符、合計年齢が88歳以上の夫婦が一緒に旅行する場合に発売する。購入の際には健康保険証など、住所、氏名、年齢を確認できるものを提示しなければならないが、JR全線のグリーン車とB寝台車が乗り放題になる、全国フリー型の企画切符である。破格な値段だけに考えてしまうのかも知れないが、とにかく安い。ちなみに東京〜博多間を新幹線普通車で往復するだけでも2人で88000円もする。実質的な値下げによるサービス向上の第一弾と考え、この切符を最大限に活用し、忘れかけていた日本の美しさを堪能するのも良いだろう。
▼発売場所=柏、新松戸などの旅行センター。
▼発売期間=季節に応じて、その都度発表される。原則として春と秋に発売される。
▼値段=5日間用=80500円。7日間用 =99900円。12日間用=124440円。
▼利用条件=夫婦が揃って旅行すること。A寝台やグリーン個室を利用する場合は、別に特急券や寝台券が必要。JRバスは利用できない。
▼特典=駅レンタカーが2割引になる。夫婦のどちらかが70歳以上であれば5000円の割引となる。
流行語にもなった「フルムーン」です。発表された時は「自分には関係ない切符」と思っていましたが、あと数年でフルムーン資格者になりますので、今では発売中止にならないことを祈っています。
カートレインとは、乗客とそのマイカーを一緒に運ぶ臨時列車である。東京からは広島停車の東小倉行き「カートレイン九州」号が設定されている。車両は「走るホテル」と称された20系A寝台車。列車種別は寝台特急であるが、食堂車や自販機、シャワーなどといったサービスがない。そのためか、時刻表本文では通過と表示しながらも「××駅では駅弁が買えます」と注意書きがある。
この列車の魅力は、安価と長距離の旅先で自分の車に乗れることにある。大人2名、子供2名で利用した場合を例にとると、乗車券、特急券、寝台券、自動車搬送料金を含めた片道が77200円。寝台は4台が割り当てられる。小倉まで新幹線を利用すると62070円(普通車指定席)、寝台特急では71700円(寝台を4台使用した場合)だから、自動車搬送料金は15000円以下と言うことになる。JRに言わせると「乗せ込みに手間がかかりすぎるため、出血大サービスの列車」とのこと。九州や広島まで運転して行くことを考えると人気が高いこともうなづける。風変りな列車である。
運転期間中の全列車を11月下旬頃日から、旅行センターなどで一斉に発売するが、即日完売に近い売行きである。購入の際には車検証の提示が必要。長4.6m、幅1.6m、高1.9mを越える自動車(2000CCクラス。ワゴン車等)は搬送できないので注意。
この列車は人気が高く、翌年には「カートレイン北海道」(札幌行)も加わりましたが、線路容量や絶対輸送量が少なかったため、「カートレイン九州」は廃止。「カートレイン北海道」は休止。今年は北海道内の「カートレインくしろ」(札幌〜釧路)が運転されています。
来る平成3年12月1日から武蔵野線の電車を8両編成にするため(現在は6両編成)、現在各駅でホームの延伸工事が急ピッチで進められている。一方、車両も新製車両40両(8両×5編成)が投入された。これで武蔵野線には4タイプの車両(103系初期型、103系ATC搭載型、201系、205系)が走ることになる。
投入された車両は「205系直流通勤型電車」と言う。すでに山手線、埼京線、京葉線快速などで使われているので、さほど目新しい車両ではない。しかし、通勤型の主力である103系(常磐線快速などに使用している)と比較すると随所に改良がみられ、明らかに新しい世代の車両であることが判る。特に車体とモーターは103系のそれとは基本的構造から異なり、省エネと加減速性能の向上に重点が置かれている。接客設備では座席配置に変わりはないものの、下降式1枚窓の採用(風切り音や窓枠のぶつかる音がない)や、薄形ダクトを採用(天井が平面で高く、圧迫感が少ない)して、居住性の向上が図られている。
現在JRでは205系に変わる新型車を開発中で、それまでは高価な205系の増備は最小限にとどめ、車齢20年を越えた103系に更新工事を施して使用するもようである。日本の車両技術が優秀であることは認めるが、いかんせん見劣りがする。通勤路線として重要な位置を占め始めた武蔵野線だけに、早く205系に統一されることを願っている。
武蔵野線は相変わらず103系と205系が走っています。しかし、京浜東北線が209系に全車置き換えが終了し、総武緩行線に新209系が投入されるなど、通勤型車両にも動きが出始めました。103系も老朽化が進んでいるので、近い将来、多少は改善されるのではないかと期待しています。
先日の大雨は各地に被害をもたらした。特に武蔵野線では新小平駅の出水事故や、江戸川橋梁たもとの築堤崩壊など、自然が持つ力を見せつけられた思いがする。「市街地だから、最新技術を駆使しているから大丈夫」と言った、自然を軽視するような気の緩みが鉄道関係者や私たちに無かったとは言い切れない。
しかし、江戸川橋梁付近の築堤崩壊の復旧工事には頭の下がる思いである。一晩で仮復旧させたが、被害は架線支柱の倒壊と、十数メートルに及ぶ築堤の崩壊である。決して小さな被害ではない。技術を過信し、あのまま列車の運転を続けていたならば、列車転落事故も起こり得たのである。
安全第一とは言え、列車を止めれば、その影響は計り知れないものがある。雨量や風力など、列車を止める場合の基準はあるが、保線区からの報告などを考慮して、基準に達する前に列車をとめねばならない時もある。列車の運転に関する指示は「列車指令」という部署が発するが、担当者は「ダイヤ回復や社会的影響を考えると、列車を止めるには、時として勇気がいる」と言う。
この勇気を持った列車指令と、保線区の献身的な努力、そして、鉄道を守るために働いた全ての鉄道マンに感謝の意を表したい。
名前のとおり、JRの横須賀・総武快速線、内房線(浜金谷まで)、京葉線、山手線、根岸線、東京湾フェリー、久里浜の京急バスが乗り放題という企画乗車券である。特急や急行、グリーン車を利用する場合は、それぞれに特急券やグリーン券を用意しなければならないが、電車、バス、船とバラエティに富んだ小旅行が楽しめる。有効期間は発売当日限り。値段は3090円。久里浜〜浜金谷間のJR運賃が2880円であるから、船とバスの運賃がサービスみたいな値段になっている。おまけにマザー牧場の入場料が割引になる。
しかし、発売箇所が山手線内各駅と横須賀・総武快速の停車駅に限られている。流山からでは、船橋で買い直さなければならないのがシャクの種である。特に船橋付近はコースの中間に位置するため、浜金谷にしろ久里浜にしろ往復運賃(2700円)よりも高くなっている。帰路に回り道をして旅情を楽しむなど、船で東京湾を横断しなければ安価なメリットは出てこない。まして船橋までの往復運賃を加えたら、かえって高くなってしまうのだ。強いてメリットをあげれば、乗る度にいちいち並んで切符を買う手間が省けることだろうか。安いと思い込んでいたトクトク切符が、実は高かったと言う見本みたいな切符である。
JR各社から初詣臨時列車が発表された。この初詣臨時列車は昭和40年代後半、国電の終夜運転に始まる。JRに移行してからは特急車両やジョイフルトレインを使い、普段は設定されていない区間を走る臨時列車も登場。初詣臨時列車として親しまれている。
終夜運転は初詣客にとっては便利である。しかし、通常運転に支障の無いように車両をやりくりするため、運転間隔は30分〜60分と非常に大きくなっている。当然ながら混む。乗り遅れたら寒風の中を待たなければならない。人それぞれであるが、「正月早々ラッシュを体験しなくても」と思ってしまう。そのためか、乗車整理券を発行するライナー号(定員制)も設定しているが、当日発売のため、買い損ねたら悲劇だ。
一方、JR東日本では「初日の出号」(銚子行、熱海行)を設定した。銚子行は特急用普通車であるが、熱海行は御座敷客車と欧風電車の2本があり、全車グリーン車指定席の快速である。途中、根府川駅で初日の出が車内から楽しめるため人気が高い。こうした遊び感覚の列車が走るようになったのも、日本が豊かになった証拠だろう。
詳しくは時刻表で。なお、武蔵野線、常磐線快速は終夜運転はしない。
国電の終夜運転も「初日の出号」も定着し、かなり混雑しています。「初日の出号」の情報は、時刻表12月号で発表されるのが恒例となりました。
鉄道は1年365日、普段と変わりなく走っている。成田や鎌倉など初詣で混雑する駅に勤務している人の中には、正月を家出過ごした経験のない人も少なくない。たとえ混雑しない駅であっても、現場である以上、三賀日を連休できる鉄道員は皆無である。「一度でいいから、人並に正月を過ごしたい。」のが本音であり、淡い希望でもある。
しかし、何年かに一度、勤務中に元旦を迎えることもある。気が付いたら正月になっていたことも少なくないが、職場の友と一緒に迎えた正月には格別な味わいがある。誰が言うでもなく、手の空いた者がマイクを持って、アドリブで新年の挨拶を始める。勝手な放送をしてはならないのだが、この時ばかりは大目に見てくれる。お客も普段とは違った放送に笑顔で応え、一度に正月の雰囲気が溢れてくる。そんな喜びも束の間、列車が入ってくれば鉄道員たちは何事もなかったように普段の顔を取り戻している。こうして駅の一年は始まるのである。
駅のアナウンスも機械化され、手が足りないこともありアドリブ放送をやっている駅はほとんど無くなったようです。
新幹線のグリーン車には女性乗務員が乗務している。東海道・山陽新幹線では「スチュワーデス」。東北新幹線では「ソワニエ」と言う。どちらも乗客サービスの一環として、JRになってから2階建て車両を連結した新型新幹線に限り乗務している。しかし両者の性格は多少異なっている。
スチュウワーデスはJR東海の子会社である「新幹線パッセンジャー・サービス」の従業員で、車掌としての仕事はしない。乗車口での応対、おしぼりサービス、カフェテリアのオーダー受付が主な仕事である。
一方、ソワニエはJR東日本(仙台車掌区)の社員で、グリーン車専門の車掌であると同時に、検札のほか、乗車口での応対、おしぼりサービス、ソフトドリンクのサービスも行う。
こうしてみると、女性乗務員の仕事は簡単に思えてくるが、グリーン車乗務ともなれば接客態度はもちろん、車内の落ち着いた雰囲気を保つための気配りも必要になってくる。第一線に出るための訓練も厳しいようだ。
その後、女性乗務員は運転士や車掌まで活躍の範囲を広げています。時代の流れとは思いますが、生理的に耐えられるのでしょうか。某民鉄で聞いたところ、乗務する列車を限定して夜半や宿泊勤務が無くしたり、乗務時間を少なくするなど、男子乗務員よりも勤務条件を良くしているとのこと。本当の意味での男女平等と言うよりも、話題作りが本音のようです。
最近、2階建車両が流行っている。2階建車両のルーツは近鉄のビスタカー。昭和33年にデビューして以来、観光用の看板列車として異彩を放っている。
一方、JR(当時は国鉄)の2階建車両は、昭和62年に増備した100系新幹線車両から始まった。従来の0系新幹線車両は全車が電動車であったため、2階建車両とするには構造的に無理があった。しかし、100系車両では格段に強力なモーターを搭載した結果、モーターが無く、設計上の制約が少ない付随車を組み込むことに成功。そして付随車の利点を最大限に活かし、食堂車の定員増加とグリーン車の靜粛性向上に努めた結果が2階建車両の登場となったのである。
在来線車両の場合は、階下席が充分に活用できないとして見送られてきたが、ステンレス加工技術の進歩で、床や天井の厚さを薄くすることが可能になり、定員増加対策で登場したものである。
3月には全車2階建の車両が登場する。東北新幹線も全車2階建の編成を設計中であるらしい。輸送力増強の切札として、2階建車両はさらに増えて行くと思われる。
現在、2階建て車両は、415系「常磐線普通車」、215系「アクティ」、JR東海と小田急の「あさぎり」、新幹線「MAX」,、「ニューMAX」など、多種多様な車両が活躍しています。やはり人気は階上席に集中していますが、階下席も落ち着いた雰囲気のため、わざわざ階下席を指定する人も見られます。
なお、デビュー間もない頃「階下席は女性のスカートの中が見える」とウワサになりましたが、設計段階からその辺は考慮されているため、見えることはほとんどありません。
特急を始めとする優等列車には愛称が付けられている。愛称の始まりは昭和5年の「燕」。なんと、お堅いはずの鉄道省が一般から募集したものだった。この時のベスト10は、「富士」「燕」「櫻」「旭」「隼」「鳩」「大和」「鴎」「千鳥」「疾風」。下位には軍艦や軍用機、風花鳥月が見られ、当時の日本人シンボル意識がうかがえる。
「富士」「櫻」は「特急1列車」とか「何時の特急」と呼ばれていた特急に付けられ、公募のベスト3がヘッドマークを東海道に輝かしたのである。
この公募による命名は「はと」「へいわ」「ひかり」「あおば」「あさひ」など日本を代表する列車に用いられてきた。最近では「つばさ」(山形新幹線)が公募された。しかし「ひかり」以来、公募結果を参考に内部で決定する傾向が出てきた。それぞれに理由はあるのであろうが、第一位が愛称になった例は一度もない。公募結果が大きく発表されることも少ない。せっかくの公募である。突拍子でもない愛称は別としても、第一位を愛称とする原則を守って欲しいと願っている。ちなみに3月14日にデビューした「のぞみ」は、JR東海の内部で決定された。光より早いものが無いため、将来に望みを託す意味を持っている。
国鉄がJRになった時、「国電は国鉄電車の略だからおかしい」との意見が出て、JRでは検討委員会みたいなものを作って、「E電」と命名しましたが、評判が悪く、結局いつの間にか使われなくなってしまいました。
現在、流山市内には民鉄6駅、JR1駅があるが、最も注目されているのが武蔵野線「南流山駅」である。
流山市にとっては新市街地の核となり、玄関としての重要な駅になることは言うまでもない。特に京葉線に乗り入れ、都心に直結するようになってからは乗降客も増え、指定券や定期券の購入など基本的な乗客のニーズも増加してきている。
しかし、JRでは収入が少ないためか、積極的な改善が行われていない。地域に密着したサービスの向上を目指すのであれば、「収入が少ないから投資をしない」では済まされない。松戸市や柏市と違い、流山市民にとっては唯一のJR駅であるだけに期待も大きい。JR東日本では「駅と町との調和」を考えた「幸せな共生」を求めて新しい駅を作り続けて行くと言う。(「JR東日本における駅ー現状と今後の整備ー」鉄道ジャーナル3月号)決して豪華な設備を求めるわけではないが、流山市の新しい玄関としてふさわしい駅になることを願っている。
@自動券売記の増設(現在2台が設置である。混んでいることが多く、切符を買っている間に電車に乗り損なうことがある。)
A出札口の新設(現在は出札補充券で対応しているため、新松戸で発売している割引切符、指定券、定期券、連続乗車券などが購入できない。いちいち新松戸で下車しなければ割引切符が買えないのは不公平である。)
B階段の改善(途中に踊り場があるものの階段が長い。エスカレーターの新設が望ましい。少なくとも踊り場を2ヶ所にし、通路中央に手すりを付けるなど、転倒時の安全生を考慮して欲しい。)
C出入口の新設(現在は三郷よりに1ヶ所だけであるが、編成の長大化を考え、新松戸よりにも出入口が欲しい。)
Dトイレの改善(いまだに3Kの伝統を受け継ぐトイレである。デパートのように、トイレは身だしなみを整えるスペースであって欲しい。)
この記事が原因になったとは思いませんが、自販機に最新型を投入して3台としたこと。出札口に指定券も発行できるマルスが投入されたこと。トイレ設備は変更無いものの、清掃が行き届いて気持ちよく使えるようになったこと。この3点が改善されました。しかし、階段や改札口など構造変化を伴うものについては、まだ行われていません。近い将来、常磐新線が乗り入れてきますので、それに合わせて改善してくれることを期待しています。
全ての乗り物には定員がある。航空機や船舶、自動車などは重量で定員(積載量)を算出するが、鉄道は貨物を別として床面積から算出する。
これは鉄道車両が1両当り30トンから60トンと言うとてつもない重量であり、車両容積一杯に人間を詰め込んだとしても、性能にほとんど変わりがないためである。通勤形の場合、重量的には定員の3.5倍以上まで可能として設計しているが、物理的には2.5倍が限界である。それ以上になると安全は保証できない。3倍を越えると圧迫死することがあると言う。現在の通勤ラッシュは各線とも200%を越えているから、限界ギリギリでなんとか輸送しているのが実情である。
常磐線快速の場合、1両の定員が約140人。10両で1400人である。単純に2倍しても2800人が乗っている計算になる。ちなみに編成全体の重量は500トンを越える。この列車が4分毎に時速90Km以上で走っているのだから、考えてみれば恐ろしい。乗客にとっても、鉄道にとってみても、まさに通勤地獄なのである。
因みに通勤型電車では座席幅42センチで1人、立席は40センチ四方で1人と換算しています。見た目では座席数+吊革数+ドア付近を合計した数が定員となり、乗車率100%でも息苦しく感じられます。
信号機は鉄道が作り出した安全装置の一つである。初期の信号機は赤色単灯式や2色腕木式など、単純に停止や進行を指示するだけであったが、現在の信号機は絶対の強制力を持ち、進行、停止のほか、発車許可、速度、進路などを命令するシステムになっている。(ATCは信号システムをさらに発達させたもので、運転士に速度を命令すると共に、制御機械に加減速を命令し、作動させるものである。)
鉄道用信号機は青・赤・黄・青と表示する。これは本線上に信号機で区間(閉塞区間)を儲け、1区間に1列車しか入れないようにして、衝突事故を防ぐためである。つまり、青は「制限速度以内で2区間を進行せよ」。赤は「絶対停止」。黄は「時速65Km以下で、1区間進行せよ」と言う命令なのである。さらに電車区間や駅構内のように運転密度が高い線区では、黄色が二つある4灯式や5灯式を用いて、減速や警戒と言った命令を加えている。
道路用信号機の青が「進むことができる」としているのとは大きな違いである。
安全確保のためには細かい連絡が必要である。このため鉄道は明治時代から連絡網の充実に努め、常に世界一の連絡網を誇ってきたが、このことは余り知られていない。
一例をあげれば、明治時代にはすでに「鉄道電話」という独自の電話網を完成させていたり、テレックスが実用化されると真っ先に全現場に採用するなど枚挙に暇がない。もちろん、現在ではコードレス電話と高速ファックスが採用されている。
しかし、電報が書類連絡の主流だった時代の名残は強い。いまだに電略記号(電報用に片仮名2字で示した記号)が幅を効かせている。古いとは言いながら、知ってしまえば便利なので、私たちも横須賀線を「スカ線」と言うように知らずに使っていることもある。
電略記号は駅、線名、職名などあらゆるものに付けられているが、駅名が圧倒的に多い。組合せは頭の2字や、頭と尻の字を組み合わせたものが主流でそれとなく判るが、チタ=田町、キン=金町など頭を捻ったものも少なくない。尤も、250通りの組合せしかないので、局名電略を頭に付けて、4字で示すこともあるが、普段は2字で対応できるよう、配置にも工夫がなされている。電略記号はちょっとしたメモには便利なので、知っている範囲では大いに活用したい記号である。
JRの車両には色々な記号がかかれている。一番目立つのが「クハ」「モハ」と言った、片仮名と数字を組み合わせたものであろう。片仮名は車両の装置と設備を示している。
つまり、運転装置のある車両は「ク」。モーターのある車両が「モ」、モーターのない車両が「サ」。気動車が「キ」。客車では自重を示す「ナ・オ・ス・マ・カ」が付けられている。その後には「ハ」(普通車)、「ロ」(グリーン車)、「ネ」(寝台車)、「シ」(食堂車)など車両設備を示す記号が付けられている。
数字は百位が電源方式で、直流用、交直両用、交流用、試作の区別がなされている。十位は車両の用途で、通勤用、近郊用、特急用などの区別がある。一位は形式の識別である。ここまで組み合わせたものが形式名である。ハイホン以下の数字は製造番号であるが、運転装置や内装に大幅な改造を施した場合には千番台にするなど、細かい区分がなされていることもある。
車両の記号はこの他にも多々あるが、別の機会に譲るとして、記号を知っているとモーターのない車両を選べるなど、ちょっぴり得することもある。鉄道少年との対話には欠かせない知識である。
新幹線は3桁の数字だけで形式を示し、民鉄ではそれぞれに知恵を絞った番号表記をしています。
また、割り当て番号が無くなることを予想して、JR東日本では新製車の記号に頭文字のEを付けています。JR四国では新製車に4桁数字の記号表記をしています。
グリーン車と言うと、多少座席が良くなっているだけで高い料金をとられると言ったイメージが強い。しかし、私たちの生活にゆとりが出てきたためか、最近ではグリーン車やA寝台車に人気が高まってきている。特に新型車やジョイフルトレインでは接客設備が格段に向上し、接客面でのサービスも充実してきているので、それがトレンディだと人気に拍車をかけているらしい。事実、一部の列車ではグリーン車の方が入手しにくくなっている。
もともとグリーン車は戦前の二等車。戦後の一等車である。等級制であった頃は一等運賃、二等運賃があり、運賃で利用できる車両が決められていたのである。一等運賃には「通行税」なるものが課せられ、二等運賃の約2倍もしていたから庶民にとっては高値の花。帰省時に指定券がとれず、泣く泣く一等に乗るのが普通であった。ましてや当時の一等車は走る社交界と言った雰囲気が強く、庶民は形見の狭い思いで乗っていたのである。
昭和43年。運賃と料金が分かれた現在の制度が制定され、一等車はグリーン車(特別車両)として、以前よりも安い値段で利用できるようになった。それでも「高い」イメージがあるが、切符の買い方によっては数千円程度を足すだけで全区間をグリーン車で旅行することができる場合もある。時刻表を駆使して、ゆとりある旅を作るのも、旅の楽しさである。
所用があって前橋に行った帰り、久々に上毛電鉄に乗った。この線は前橋中央〜西桐生間約25Kmを45分で結ぶローカル民鉄である。JRを利用した方が早いに決まっているが、急ぐ旅ではない。雄大な赤城山の裾野でも眺め、桐生からは東武鉄道の「りょうもう号」でも乗ってみようかと軽い気持ちで上毛電鉄を利用した。鉄道の旅は気分次第でいろいろな楽しみ方ができるのが魅力だ。
さて、前橋中央に待っていた電車は、2両編成の300系であった。車体の上下を緑、窓周りを赤に塗ったカラフルな3扉車である。しかし、どことなく見覚えがある。車内の製造銘板を見ると「アルナ工機・昭和39年製造・昭和47年改造」とある。アルナ工機は東武鉄道御用達の車両メーカーである。車体を良く見ると、塗装の下に3102と数字が読めた。まちがいない。最近まで野田線を走っていた車両である。乗務員に聞くと、平成元年に入線したとのこと。
そう言えば、流山電鉄を始め中小民鉄では大手民鉄の中古車を使っていることが多い。日本の車両の頑丈さには呆れるほどであるが、車両にはいつまでも頑張って欲しいと思う。そんな気持ちで桐生の町を後にした。
特急「ひたち」は昭和44年10月1日、上野〜平間の気動車特急(81系・ボンネットタイプ)としてデビューした。愛称は茨城県の旧国名「常陸」に由来している。車両は上野〜秋田間の「いなほ」の間合い運用としたため、「いなほ」が遅れた場合を考慮して、常に急行型の車両を待機させていたという苦労話が残っている。
昭和47年に電車化(485系・現在の車両の初期型・ボンネットタイプで「こだま」の面影を残しており、国鉄特急のイメージそのものの車両)されると、「あいづ」との共通運用になり、平成元年のダイヤ改正まで常磐線の看板列車として成長を続けてきた。(もっとも、昭和57年の食堂車廃止、昭和61年の2両減車など、一概に成長とは言えないが。)
しかし、平成元年に「スーパーひたち」がデビューすると、グリーン車の廃止、2両減車、停車駅の増大、運転区間の短縮など、以前の急行「ときわ」と変わらなくなってしまった。その見返りとしてか、現在の「ひたち」にはリクライニングシート化、電話設置などの改善が施されている。また、自由席を主体とし、一部の列車では定期券と特急券での乗車を認めるなど乗り易さに努めた結果、平日はビジネス列車、休日には行楽列車として高い乗車率を誇っている。4月からは塗色を藤色にした編成も登場した。特急「ひたち」地味ながらも味わいのある列車である。
485系「ひたち」も老朽化には勝てず、平成9年には新型のE683系「フレッシュひたち」が登場し、車両の置き換えが始まりました。平成10年12月のダイヤ改正では485系は全廃され、「ひたち号」の全列車がE683系になっています。因みに485系は配置転換されることなく、車検の切れた車両から廃車、除籍、解体されるとのことで、すでに郡山工場で解体作業が始まっています。
常磐線に「スーパーひたち」(651系・交直両用・特急用電車)が走り始めて3年がたった。新車発表で見に行った時には、スタイルの斬新さに違和感を覚えたが、本線上を走る姿には違和感を感じさせないから不思議だ。
651系は常磐線の輸送力増強と、特急「常陸」の改善を目的として開発された。当時は筑波万博の影響で、ハイウェイバスが常磐線の強力なライバルとして台頭してきた時期でもある。JR東日本にしてみれば「思い切った新型車を投入しなければ…」と言ったところだろう。
開発にあったては、高速性能と居住性の向上に重点が置かれた。高速性能はブレーキ性能の向上、強力モーターの採用などで、それまで110Kmだった最高速度を130Kmに引き上げ、日本一の駿足を実現させた。居住性の向上は、シートの構造と配置の改善で日本一ゆったりとした車両を実現させた。特にグリーン車は2列+1列配置として、シート毎に衛星放送TVの設置、オーディオサービス、ドリンクサービスなど、在来線では最高のサービスを誇ったのである。
鉄道技術は、そのほとんどが見えないが、651系の斬新なデザインは結集した技術が表面に出てきたものと言えるだろう。何気なく利用している常磐線であるが、実は日本一が走っているのである。
130キロ運転は「成田エクスプレス」や「はつかり」「スーパー雷鳥」など、次々に実現され、現在では速達タイプのスーパー特急のほとんどが130キロ運転を実施しているほか、青函トンネルを走る「はつかり」は特例として140キロ運転を実施しています。
また、JRの鉄道総合研究所では160キロ運転の試作車(TRY−Z)を開発し、常磐線などで試験運転を行っています。
夏の帰省や行楽のラッシュがまもなく始まる。この時期の列車は発売直後に売り切れると言っても過言ではない。
混雑時期になると、柏駅など申し込みが多い駅では発売時刻以前に申し込み書を受け付け、発売時刻後に指定券を渡す方法をとっている。この方法を採用している駅では、発売時刻に窓口へ行っても手遅れになりかねない。この方法は、窓口やコンコースでの混雑防止と、指定券確保に絶大な高価があるため、例外的に認められている。知らないと不公平に思えるが、朝のラッシュを考えると仕方がないだろう。方法の是非を論ずるよりも、北区途中に窓口で受け付け時刻を聞いてしまった方が賢明である。 また、混雑して指定券が取り難くなると主々の憶測が飛び交い、ダフ屋まがいのオセッカイが出てくるが、指定券を管理するコンピューターは全国の端末機からの申し込みを、1秒間に600件の速さで捌いている。本体への入力も別の大型コンピューターで行っており、車掌持ちと呼んでいる予備席も一緒に管理しているから、発売前に人為的に指定券を取り出すことは不可能に近い。露見すれば社会問題にもなるだろう。
ともかく、端末機に入力する順番が大切なのであって、窓口に来た人が優先であることに変わりはない。堂々と指定券争奪戦に挑んで欲しい。
指定券は乗車日の1カ月前の同日、午前10時から発売される。対応する日が無い時は当月の1日に発売。ただし、JRバス、夜行列車から乗り継ぐ列車などは、1カ月と1日前から発売する。詳しくは時刻表で。
「ゆうづる」は常磐線を走る唯一の寝台特急である。しかしブルートレインではない。実は世界でも例を見ない電車寝台なのだ。 「ゆうづる」は「はくつる」(東北線経由)に次ぐ、2番目の北海道連絡列車として誕生した。同時に常磐線初の寝台特急でもあった。もちろん客車(20系)である。そればかりか、平〜仙台間は蒸気機関車(C62形)牽引による最後の特急としても話題を集めた。
昭和43年に常磐線の電化が完了すると最新の電車寝台(583系)が投入され、「ゆうづる」は電車1往復、客車1往復の2往復となった。さらに昭和45年と47年にも電車寝台が増発され、昭和50年には電車3往復、客車4往復と、L特急並の7往復に運転本数は増大した。しかし、東北本線経由の寝台列車は、相変わらず「はくつる」1往復であった。これは東北本線の急勾配と線路混雑を避けるため、常磐線に北海道連絡の使命を与えたからに他ならない。
その後、7往復を維持しながら設備改善を行ってきたが、新幹線の開業で客車2往復、電車1往復に激減。さらに昭和63年の「北斗星」増発で車両を取られ、電車1往復となってしまった。
現在、北海道連絡の使命は新幹線や「北斗星」に委ねているが、「はくつる」「八甲田」と共に青森への足として根強い人気がある。
しかし、名車と言われる583系も就役して17年。余りにも見劣りがする。いずれは改善されるだろうが、その時はサロンやラウンジなどのフリースペースを増やし、汽車旅を満喫できる列車にしたい。そうすれば青森へ足を向ける人も増えるのではないだろうか。
願いむなしく、「ゆうづる」は消え、「はくつる」に統合されてしまいました。その「はくつる」も電車寝台(583系)が老朽化しているとして、廃止した「あさかぜ」の車両を充当しましたが、二人用B個室車が無くなっています。
583系は多くが廃車されたものの、青森地区で臨時列車として活躍。「シュプール号」や「東京ディズニーランド輸送」。「甲子園団体輸送」で、時折、東京地区へ顔を出しています。
「のぞみ」に続き「つばさ」が初期故障を起こしている。信じられない話であるが、どんなに試験をしてあっても、新技術は実際に使ってみなければ不具合は見つからないのである。特に工事を急ぐとロクなことは起こらない。
初期故障の最大のものは、大正3年12月、東京駅開業と京浜線の電化記念を兼ねた祝賀会で起こった。式後に来賓が試乗していた電車が途中で何回も故障。結局2時間遅れとなってしまった事故である。原因は路盤が固まる前に電車が走ったため、電車の重さで路盤が沈下し、パンタが架線に届かなくなったためと言う。そして、新技術としてアメリカから輸入したパンタ(それまでは京都市電などで使用していたポール)が不良品というオマケも付いていた。
この事故により、国鉄は徹底的な補修工事を行い、電化開業は6カ月も遅れたのである。
これに懲りたためだろうか、昭和33年、初の電車特急「こだま」を走らせる時には、6カ月も乗客を乗せないで試運転をしている。「のんびりした時代だった。」と言えばそれまでであるが、走らせながら改修せざるを得ない現在が、急ぎ過ぎに思えてならないのである。
さっそうとデビューした「つばさ」は、車両故障と踏切不安に避難が集中している。車両故障はいずれも初期故障で、早晩解決するはずである。踏切不安についても、「なぜ、山形新幹線だけが?」と言いたい。「つばさ」は在来線で始めた130Km運転の実績を踏まえており、それなりの安全は保証されているのである。
山形新幹線の最大の失敗は、奥羽本線(福島〜青森間)を中途半端に標準軌間化してしまったことである。建設費の軽減とは言うものの、福島〜蔵王間はレール幅の広い標準軌間車両しか通れない。つまり、貨物列車は通れないのである。
整備新幹線計画では、東北各地に同じ方法が取り入れられることになっている。もし実現すれば、東北からの貨物は日本海側を通り、新潟を経由しなければ首都圏に入れなくなる。在来線車両も通れる3線方式があるが、山形新幹線は経費節減のため1駅間しか設けていない。我田引鉄や政治的決着の悪習が残る鉄道業界を考えると、東北の鉄道が寸断されるには時間の問題である。日本にとって新幹線が必要であることに異論はない。だが、在来線を寸断するとなれば流通が阻害され、私たちの生活に影響が及んでくるのである。
「秋田新幹線」「長野行新幹線」。本当に必要なんでしょうか。東京〜大宮間は線路容量が限界に近づいています。新幹線は、在来線を圧迫してはなりません。これで東北新幹線が青森まで開業すれば、東北線も寸断され、偉大なるローカル線になってしまいます。
鉄道の路線には必ず名称がある。JRになってから「列車の運行区間の実態に合わせた」として、東北本線東京付近を「宇都宮線」などと、独善的に路線の一部区間を改称してみたものの、余りにもパッとしない。やはり、古くから馴染んできた名称が一番である。
線路の名称の命名は、次のように分類できる。
@旧国名の頭文字を付けたもの(信越本線=信濃と越後など)
A旧街道の名を付けたもの(東海道本線など)
B路線を計画した時点での目的地の地名を付けたもの(長崎本線など)
C起点と終点の地名の頭文字を付けたもの(水郡線=水戸〜郡山など)
D途中の中心となる都市名を付けたもの(御殿場線など)
Eその他
特に@とAは、国内鉄道網の骨格を構成する本線や、本線に匹敵する重要支線(常磐線、上越線など)だけに付けた格式ある名称である。また、BやCは「鉄道敷設法」(明治25年公布)によって開通した路線に多い名称である。いずれの場合も開業の古い路線が目立つ。
線路名称からも、その路線の目的を推測することができる。線路名称も立派な産業文化財なのである。
鉄道の路線には起点と終点がある。しかし、列車の運行区間と路線の区間とが一致していることはない。
一般的に、東京駅は全ての路線の起点と思われているが、東京駅を起点とする路線は、東海道本線、中央本線、総武本線、東北本線の4路線に過ぎない。さらに、北の玄関である上野駅を見ると、東北本線、常磐線、高崎線、上越線、信越本線を走る列車の始発駅になっているにもかかわらず、起点となっている路線は一つもない。上野駅は東北本線の途中駅に過ぎないのである。
つまり、常磐線(日暮里〜岩沼)は日暮里〜上野間を、高崎線(大宮〜高崎)は大宮〜上野間を、専用の線路を持って、東北本線に乗り入れているのである。こうしておかないと、「**線、起点**Kmで工事」と言うような線路の一を特定する場合、複数の路線が平行している区間では混乱してしまうことになる。
一般乗客に路線の厳密な区別を押し付けても煩わしいだけであるが、起点と終点を調べてみると、二俣線が東海道本線の迂回路として建設されたのでは?と、その路線の建設理由が推測できたりする。起点には必ず0Km表示があるが、駅のはずれなど目立たない所にあることが多い。それを探すのも車窓の楽しみである。
JRになって、他の交通機関に対抗するため、割引切符が数多く発売されている。中には割引率を大きくし過ぎたためか、「ディータイム・グリーン料金回数券」のように積極的に発売していない切符も見受けられる。
この切符は横須賀・総武快速線や東海道線のグリーン車利用促進を狙い、グリーン料金を5割引にしたものである。うまい話には落し穴があるように、大きな割引には細かい条件がある。面倒がらず、次のメモを頭に入れて使いこなしてみよう。正月の鎌倉や伊豆への小旅行には絶大な威力を発揮するはず。あなたなら、どう使いますか。
@君津・大原・成田空港〜伊東間の各駅の窓口で発売する回数券である。(総武線、外房線、内房線内は快速停車駅で発売。西大井駅、新川崎駅では発売しない。)
A別に乗車券が必要で、定期券での利用はできない。
B4枚綴りで3カ月有効。
C上り列車は東京駅着11時30分以降の列車から終列車まで。下り列車は始発列車から東京駅発16時30分までの列車まで利用できる。 (逗子〜船橋間など、東京駅を挟む区間の場合は、東京駅着16時30分の列車まで利用できる。)
D休日ダイヤで運転する日は、時間制限がない。
E新宿、池袋発着の臨時快速列車でも利用可能。
F発売額は、一律2000円
発売当初は50キロ刻みで値段が異なっていて概ね5割引でしたが、上記のメモのように規則が改正されました。このため、50キロまでの区間ですと、1400円の割引額が800円程度の割引額になっています。反対に、150キロまでの区間では5600円の割引額になりました。それでも安い切符に変わりはありません。前述の「ホリデーパス」と組み合わせるなど、使い方を工夫できる切符です。
JR東日本が、同社管内の新幹線を含む全列車の自由席に限り、土曜・日曜の2日間乗り放題という、うれしい割引きっぷを売り出した。
名前は「ハートランドフリーきっぷ」。夏期の限定販売で、購入の際に利用する期日を指定する。値段は大人が15000円。子供が7500円。青森の往復なら5割引(18400円相当)。郡山、越後湯沢、相馬などへの往復なら1000円相当の割引になる。ただし、自由席専用のため、全車指定の「スーパービュー踊り子」や「成田エクスプレス」に乗車する場合は別に特急料金が必要となる。乗車口で「車内で買う」と言っても乗せてくれないので、注意が必要。 実を言えばこの切符、以前に発売していた「EEきっぷ」と全く変わらない。(EEきっぷはJR東日本の目玉商品であったが、割引過ぎたためか、わずかな期間で発売中止となった。)言わば、JR東日本の謝恩セールと言ったようなものだ。話題の「つばさ」や「ス
ーパーひたち」にも乗車できるので、旅のプランが使いこなす決め手となるだろう。乗れば乗るほど得する切符である。
現在、「ハートランドフリーきっぷ」は発売されていません。その代わり「GOGOフリーきっぷ」とか「親子スーパーパス」など、利用期間や有効日数などをちょっと変えて、季節商品として発売しています。基本的には1日あたり大人が8000円(こども半額)が相場です。名前を変えるだけで、安易と言えば安易な切符ですが、使い方によってはかなりお得です。
詳しくは時刻表の「JRニュース」で。
去る平成4年3月20日、オール2階建電車が東海道線に登場した。愛称は「ダブル・デッカー・ライナー」。頭文字をデザインした「DDL」が略称である。
この車両は、人気の高い「通勤ライナー」の座席数を増やすために開発された。内装は4人向い合わせのボックスシートながらも、独立した背もたれを持ち、手荷物や傘などを収納するスペースが設けられている。昨年登場した常磐線の2階建車(クハ415)のデータが充分に活用されているのは言うまでもない。
編成はグリーン車2両を含む10両。短めの編成だが全車両が大型なので、在来車を圧倒する迫力がある。塗色も今までの湘南色をやめ、ステンレスに紫系の蛍光色を基調とした。強烈な個性がみなぎっている電車だ。
この車両は輸送力増強の切札として登場したが、ドア数を片側2ヶ所としたため、乗降時間が増加してしまう欠点を持っている。ドアを増やして乗降時間の短縮を考えた山手線(サハ205)と比較してみると、ラッシュ対策はいまだに模索の段階にあるように思えてくる。
(平成4年9月19日 第82号掲載)
JRを始めとする日本の鉄道の多くは1067mmの軌間(レールの幅)を採用している。半端な数字であるが、ヤード・ポンド法に換算すると、3フィート6インチ。鉄道発祥の地イギリスの単位がそのまま残っているのだ。しかし、国際的に用いられている標準軌間(1435mm。新幹線で採用)は4フィート8インチ半と、ヤード・ポンド法でもやや半端な数字だ。これはイギリスで考案された鉄道場車(機関車の代わりに馬が客車を引いた)の軌間だったらしい。
軌間は広いほど高速運転が可能で、輸送力も増大する。在来線の特急用車両の定員が68名なのに対し、新幹線では1両の定員が110名となっている。軌間は34%増しなのに定員は60%増し。軌間の大小が輸送力を左右する好例である。しかし、軌間を大きくすると、建設日や設備、保守などといった経費が飛躍的に増大するため、絶対輸送量の多い区間でなければ軌間を大きくするメリットはない。山陽新幹線でさえ赤字なのだ。輸送実態にマッチしない過剰投資は自らの首を締め、そのツケは国民に回ってくる。新幹線建設よりも在来線の改良(勾配や曲線を少なくして速度向上を図る)が急務ではないだろうか。
現在、日本には1435ミリ、1370ミリ、1067ミリの3種類が主に使われています。
1435ミリは新幹線に代表されますが、市街地を急カーブで走る民鉄(京浜急行、京成電鉄など)が、車両の安定性向上のため採用しています。
1370ミリは、郊外から都電(正式には東京市電)区間に乗り入れを計画していた京王電鉄が採用しています。
1067ミリは、基本的に旧国鉄に準じた、或いは旧国鉄に乗り入れることを前提にした民鉄(東武鉄道、小田急電鉄など)が採用しています。
因みに、都営地下鉄には浅草線、三田線、新宿線の3路線がありますが、京急線、京成線、と乗り入れる浅草線は1435ミリ、乗り入れのない三田線は1067ミリ、京王線に乗り入れる新宿線は1370ミリと、路線毎に異なった軌間を採用しています。
現在、大型やポケットサイズなど、いろいろな時刻表が出版されている。買うにしてもどれが良いのか迷ってしまいそうだ。時刻表は単にJRの列車時刻を掲載しているだけではない。季節列車や季節販売の割引切符、JRの営業案内、旅館やホテルの一覧表までが掲載されている。旅行に関する最大の情報誌と考えても良いだろう。従って、小型の時刻表は、情報の一部が割愛されていることになる。少なくても、旅行のプランニングには大型の時刻表を使いたい。自分のものであれば、乗降する駅や列車の色鉛筆で塗っても良い。それだけでぐっと見やすくなる。必要な線区を切り取り、ホッチキスで止めておけば、小型時刻表よりも小さくなる。
「時刻表には「時刻は毎月変わります。旅行にはその月のものをお使いください。」と書いてあるが、一般には時刻改正のあったときに買い換えれば充分である。ただし、臨時列車や割引切符の案内が違っていることもあるので、しっかりと立ち読みして(本屋さんごめんなさい)最新情報だけは仕入れるようにしておきたい。
最近では、東京地区だけを集めた時刻表や、民鉄各社が自社線の詳細な時刻表を発売しています。それぞれに長所がありますが、やはり「大型時刻表」がオーソドックスであることに変わりはありません。
切符は有価証券のため、無くしたら買い直さなければならない。金額的な損失も馬鹿にならず、旅先で無くそうものなら、一瞬にして悲惨な旅行を演出してしまうことになる。が、この手の旅行者が後を絶たない。そんな旅行者のため、JRは「再収受証明」なる救済制度を設けている。
この制度は、紛失した切符を発見した場合、1年間以内に申し出れば、買い直した切符を払い戻すというもの。手数料は乗車券、自由席料金券が210円。指定席券が310円であるから、知らないと損をすることになる。
利用の仕方は簡単。買い直す際に「紛失のために買い直す」と申し出れば良い。券面に「再収受」と書かれた切符が発行される。この切符は下車駅で係員に見せるだけで持ち帰り、後日出てきた切符と一緒に精算窓口はもって行けば良い。その場で払い戻してくれる。
券買機で買った場合は面倒でも出札窓口へ持って行って証明を受ける。また、指定券は原則として同じ列車でなければならないが、満席の場合は自由席特急券を購入し、車掌に申し出て自由席への変更をしてもらうことになる。
切符を紛失したら、落ち着いて良く探した上で「再収受証明」を受けるのが一番である。
JRの規則によると、指定された列車に乗り遅れると、特急券や寝台券などの指定券は無効になる。しかし、規則どおりに取り扱うと乗客の不利が大きくなり過ぎるため、その日に限り後続列車の自由席への乗車を認めている。これは便宜的な取扱であり、後続列車が無い場合や、指定席を利用する場合は無効となってしまう。
もし乗り遅れることが判ったなら「乗車変更」を利用したい。この制度は使用開始前の切符(指定券は券面記載駅の発車時刻まで)は、1回に限り、その時点で発売している切符(1カ月先でも良い)に手数料無しで変更できるというもの。利用の仕方は、出札窓口で切符を示し「乗車変更する」旨を申し出れば良い。変更した切符が所持していた切符より高額になる場合は、その差額を払えば良い。反対に定額になる場合は、手数料無しで差額が払い戻される。
この制度は発行した会社に関係なく適用されるのであるが、(クレジットカードで購入した場合を除く)困ったことに「買った旅行会社でしか変更できない」と断わってしまう旅行会社が多い。窓口で騒いでみても後味が良くないので、私は窓口の一番多いJRで切符を買うことにしている。
困ったことに、JRでも会社が異なると、「買った駅で」と断られるケースが出てきました。
断られた場合、指定券を買い直すことになりますが、変更を申し出た切符には「○月○日○時○分、乗車変更申出、再収受、○○駅」と言うような証明をします。その切符はそのまま持ち帰り、帰着後購入した窓口へ持っていくと、手数料なしで全額が払い戻されます。
昨年のJR各社は、ダイヤ改正、新幹線開通、最高速度樹立など明るい話題が目立った反面、事故やストなど暗いニュースも少なくなかった。また、新料金体系の設定(山形新幹線)に代表されるように、「地域に密着した」とするJR各社の経営方針が具体的に現れた年でもあった。もちろん、公共性の高い輸送機関が、地域と密接な関係を持つことが大切なのは言うまでもない。JR各社も地域を念頭において、それなりの努力を重ねた結果が、地方都市を中核としたとしエリア内の交通事情を向上させ、さらには九州や四国における特急網の整備、山形新幹線1時間ヘッドの採用など、地方都市相互の連絡を良くさせたのである。
しかし、JR各社に跨るような地方都市相互の連絡となるといただけない。JR各社の境界付近では列車本数が減っていたり、接続が悪いなど改善の余地が多分に見受けられる。鉄道を日本経済の動脈と位置づけた場合、JR各社の境界があってはならないはずである。このような問題の根底には「地方の時代」を提唱しながら、都市間連絡を安易に考える交通行政の貧困が横たわっている。
今年はJR各社が一丸となって、新しい交通行政をリードしてはいかがだろうか。
鉄道の挨拶は敬礼である。制帽を被っているためであるが、基本は直立不動。相手を注視し、肘は脇に指先を揃えて目尻付近の帽子のツバに添える。旧海軍の敬礼と同じである。しかし、駅で見かける敬礼は基本と全く違う。旧軍隊では「駅長さんの敬礼」といって馬鹿にしていた。こう書くと鉄道員がだらしなく思えてしまうが、それなりの理由がある。
先ず視線。相手を一瞥するが、すぐに視線をそらしてしまう。事故は列車がホームに接して走っている時が一番多い。相手を注視する時間より、周囲を見る時間の方が大切なのである。
指先を揃えないことも多い。基本の敬礼をすると右側が見えないばかりか、自分自身が列車に接触する危険があるためである。その結果、パーを出したような、片手拝みのような敬礼となる。
極め付けは運転士や車掌がよくやる左手での敬礼。運転士は右手でハンドルを握っているから仕方が無い。車掌はホーム監視をするため、小さな窓から身を乗り出している。ホームが左側だと手を出す隙間が無いのだ。
いっそのこと敬礼なんか止めれば良いとの意見もあるが、敬礼は列車と乗客の安全を守るもの同士だけに通じる、大切な挨拶なのである。
車掌はドアの開閉と車内放送をする人と考えている人が多いが、車掌の業務は乗客の安全確保に始まり、運転に関すること、車内精算、事故の際の列車防護、遅延の際の接続手配など多岐にわたる。常に持っている鞄の中には車内での精算用資料や列車ダイヤ、非常時の列車防護用具などがぎっしりと詰まっている。私物を入れる余地は全く無い。乗務が終われば休憩時であっても所定位置に格納することが義務づけられている。
車掌は車掌区や運輸区などに配置され、乗務する区間や列車が決まっているため、国電等では1日に何往復もする。また、寝台特急を受け持っていれば1回の乗務が4日に渡る。もちろん乗務中の仮眠は許されていない。運転士と並ぶ不規則勤務の代表で、激務の一語に尽きる。最近では車掌を希望する社員も少ないらしく、残念ながら自分の仕事に誇りを持てないまま乗務している車掌もいる。しかし、多くの車掌は誇りを持って乗務している。さすがに乗務歴30余年という車掌はいなくなったが、それでも自分の乗務する区間は、枕木の数まで知っているといった神様的車掌も少なくない。こんな車掌氏が増えることを願っている。
春は忙しい。ダイヤ改正、行楽列車の運転など話題が目白押しなのである。連休にはリゾート列車が関東周辺でも多数運転される。上手に利用すればひと味違った行楽に、お父さんの株も上がるだろう。
◇特急「リゾートゆう・ひたち」
両端が展望室、4号車がイベントスペースと2階席になっている。(いずれも乗客が自由に使える)座席は1列+2列で、6人が向かい合わせに座ることが可能である。全席がグリーン車指定席。上野〜平・勝田間を2往復する。
◇急行「リゾートゆう・奥久慈」
前述の車両が、上野〜常陸大子間を1往復する。急行設定のため、格安で利用できるのが嬉しい。松戸や柏にも停車する。
◇快速「SL奥利根」
懐かしい蒸気機関車(D51)が急行用客車を引いて、高崎〜水上を1往復する。全車指定席のため、指定席券(500円)が必要であるが、青春18切符でも利用できる。この区間は景色が良いので、乗るよりも見る方が楽しいかも知れない。
◇急行「しんせん・やまなし」
山梨県の観光キャンペーンに合わせて、新宿〜小淵沢間を1往復する。車両は「パノラマエクスプレスアルプス」に普通車を組み込んだもの。グリーン車は1列+2列で、展望席もある。
臨時列車はその年によって大きく変わります。臨時列車が走る時期は手持ちの車両のほとんどを使いますから、思わぬ乗り得な列車があったり、普段は接続の悪いところでも、接続が良くなったりします。ジョイフルトレインが一般営業列車として走るのもこの時期ですから、時刻表の臨時列車案内は十分にチェックして下さい。ジョイフルトレイン使用の場合は、それなりの注意書きがあるので、すぐにわかります。
鉄橋。正しくは橋梁という。鉄橋と言うのは通称で、「鉄道橋」を略したもの。だからコンクリートでも煉瓦積みでも「鉄橋」で良いことになる。
橋梁は橋桁の上に直接枕木を置いた開床式橋梁(枕木の間から下が見える)と、橋桁の上に砕石道床を敷いて普通の線路と同じようにした、開床式橋梁に分けられる。開床式橋梁は橋桁にかかる重量が少なく、建設費も安価なため古くから採用されている。閉床式橋梁は開床式橋梁の反対と考えれば良い。騒音が少ない、保線作業が安全に行えるなどの利点があり、都市部を中心に増えてきているタイプである。
また、鉄橋は構造によっても分けられる。三角形を組み合わせたようなトラス。2枚の鉄板で支えるガーター。門型の枠をつなぎ合わせたラーメン。橋桁の間を曲線でつないだアーチなどがある。実際にはいくつかの種類を組み合わせていることが多いので、同じ橋梁はほとんどない。
列車に乗っていると橋梁の美しさは分かりにくいが、周囲の風景と調和した、鑑賞に値する橋梁が少なくない。地方に出かけるなら、森林浴を兼ねた橋梁ウォッチングも面白いだろう。
鉄道の車輪は車軸と一体化しているため、常に左右が同じ動きをする。直線区間であれば特に問題はない。しかし、曲線区間になると内輪差などの問題が出てくる。線路に工夫をしなければ、列車は安全に走れないのである。
曲線区間の前後には「緩和曲線」という緩い曲線が入れてある。この曲線は徐々に台車の向きを変え、高速で曲線に入る列車を、滑らかに通過させる働きをする。
多くの人が知っているように、曲線では外側のレールを高くしてある。この高低差をカントと言うが、高速道路やレース場で車輪がスリップしないように外側を高くしているのと同じである。カントが大きいほど列車は高速で通過できるが、大きすぎると停車時に転倒してしまう。このため、在来線で105mm、新幹線で180mmを最大としている。一時話題となった振子式車両は、車両が曲線を関知すると車体が自動的に傾き大きなカントを作り出す車両である。デビュー当時は傾くタイミングに微妙なズレがあって不評を買ったが、現在は改良されて速度向上と乗り心地の良さで好評を博している。
一世を風靡した振り子電車381系「しなの」も、新タイプの383系に置き換えられ、381系は廃車解体が始まっています。一方、振り子車両は運転線区が限られるため、数的には少ないのですが、「スーパーとかち」「スーパーあずさ」と、徐々に仲間が増えています。
曲線の大きさは測量中心線が描く円の半径をメートルで表している。起動はこの測量中心線を基準にして敷設するため、曲線の内側と外側では曲線半径が異なっていることになる。
曲線は小さくなるほど速度制限を必要とするため、JRでは新幹線で4000m、在来線は300mを最小半径としているが、戦前の規格(最小半径160m)が残っている区間も少なくない。ちなみに日本での最小半径は箱根登山鉄道の30mである。
さて、列車が曲線区間に入ると、車輪はレールに対して斜めに接するようになる。つまり、車輪の間隔が車軸の対角線の長さに延びたのと同じことになる。曲線区間ではレールの幅を広げなければ列車は走れない。広げ過ぎれば脱線する。曲線とは厄介なものだ。レールの広がった幅をスラッグと言うが、在来線では半径300m未満の曲線に対して、最大30mmの範囲で付けている。新幹線はフランジ塗油装置を付けているので、3000m未満の曲線に対し、5mmと言う僅かなスラッグが付けられている。
輸送のネックにもなっている曲線ではあるが、鉄道の知恵が結集しているのである。
曲線区間のレール交換は、直線レールを持って行き、現場で曲げています。以前は職人的技術を要した作業ですが、現在ではコンピュータ制御で、移動しながらレールを曲げ、古いレールをはずし、新しいレールに置き換える交換機によって行われています。
千葉を走る鉄道は海水浴客を当て込み、戦前から夏ダイヤを設定していた。夏になると毎日臨時列車が走っているようなもので、格段に便利になる。しかし、房総線は昭和47年に電化され、最短距離を走る特急(当時)が設定されて以来、ほとんどかわりばえがしなかった線区である。ところが、来る平成5年7月2日に新車が登場することになった。愛称は「房総ビューエクスプレス」。列車は「ビューわかしお」と「ビューさざなみ」として、どちらも1日2往復する。正式な形式名は「255系特急型直流電車」。塗色は白を基調に、腰板は明るい青。ドア回りは大胆にも山吹色が連結面まで使われている。列車の顔である運転席は黒で、中央に3つのヘッドライトが並ぶ。斜め前からみると黒、白、青の配色が従来の列車にない独特の面構えを見せている。
線区毎に専用の車両を投入し、イメージアップを図るJR東日本の姿勢を評価したい。もちろん車両性能も向上し、従来車よりもモーターを減らしながら、最高速度を130Kmとしたから、静かな乗り心地が楽しめるだろう。接客設備はシンプル・イズ・ベスト。華美にならずして人に優しい工夫が盛り込まれている。詳細は省略するが、「鉄道ファン平成5年7月号」にはこの車両の設計から製作までのドキュメントが掲載されているので一読をおすすめする。
一般営業列車として運転されるので、乗車券と特急券(自由席あり)で乗車できる。全列車が蘇我駅に停車するので、蘇我駅から乗車すると特急券やグリーン券が安くなるケースが多い。
JR各社から夏の臨時列車が発表された。
臨時列車には、古い車両が定期列車の合間を縫って走ると言った悪い印象があるが、これは20年以上も昔のこと。規格ダイヤを採用している現在では、定期列車と同じ所要時間で通達できるし、使用する車両も定期列車と変わらない。臨時列車が活躍する時期は混雑するものの、列車が増えているので旅行には便利な時期でもある。最近ではジョイフルトレインも臨時列車として使われているから、鉄ちゃんにとっては願ったり、叶ったりの季節でもあるのだ。しかもこれらの列車は空いていることが多い。グリーン車が多いため、「高い」と敬遠されているのかも知れない。しかし、一番高い料金は新幹線特急料金と寝台料金である。新幹線と平行する区間では乗車区間を工夫すると、同じ位の料金で豪華に旅行することも可能である。例えば柏から伊東へ良く場合、新幹線だと普通車指定席で2500円の料金となるが、柏から船橋へ出て、横須賀・総武快速線で横浜へ、そして「スーパービュー踊り子」のグリーン車を利用すると2350円の料金となるのだ。時間を取るか、ゆとりを取るか、損得はあなた次第である。
鉄道には運賃と料金の2種類がある。この区別ができないと時刻表が難解な辞書となり、鉄道を安く利用することができないのだ。
運賃はA地点からB地点まで、鉄道会社の提供する普通列車(快速を含む)の自由席で移動することを契約するものである。料金はその移動に対する付加サービスの代価と考えれば良いだろう。例えば、よい車両を使って早く移動するための「特急料金」。豪華な車両ときめ細かいサービスを提供する「グリーン料金」。寝ころんで移動しても恥ずかしくない「寝台料金」などである。
運賃は基本的に20Km刻み(601Km以上は40Km刻み)で定められているが、料金は100Km、200Km、400Km、600Km、800Kmと刻み方が大きく定められている。区切りを1mでも越えれば次の区切りが適用される。その代表例が東京〜熱海間の105Km。同区間の「踊り子」号の特急料金は1840円だが、品川から乗れば100Km未満となって1430円となる。その差410円。グリーン車ともなれば1810円の差が出てくる。ちなみに品川〜熱海間の特急・グリーン料金は2150円。東京〜熱海までの特急料金よりも310円高いだけである。見方を変えれば、乗り換えを1回増やしたため、グリーン料金が310円になってしまったのである。
この文を発表したら、多くの方から「信じられない」「解らない」と意見を頂きました。運賃と料金の区別が付かないと理解しにくいと思います。また、表組みにすると分かりやすくなりますが、膨大なスペースが必要ですし、ちょっと条件を変えただけで結果が大きく変わってきます。とにかく、料金の変わり目は要注意。乗り換えを増やすと料金が安くなることが多いことを頭に置いて、お気軽にメールでご相談下さい。
久々に一番列車に乗った。早朝の始発列車ではない。7月2日にデビューした房総線の新型特急「ビューわかしお」号のことである。東京駅は鉄チャンと報道陣で混雑しているだろうから、蘇我駅から乗車した。大袈裟と思わないで欲しい。なにせ21年もほったらかしておいた房総線に新車が投入されたのだ。
さて、蘇我駅は普段と変わりない表情を見せていた。しかし、「ビューわかしお」が入ってくる時間になったら、やはり初日だけのことはある。駅長以下、社員総出で列車を迎えた。乗客が羨望の眼差しを向けていたが、自分が乗る列車と知ると、急ににこやかになった。運転席は出発式で渡された花束で彩られている。
発車すると間もなくグリーン車の乗客に記念品が配られ、思わずニッコリ。停車駅には「祝ビューわかしお号」の垂れ幕と観光協会らしき人が目立つ。終点の安房鴨川に到着すると、ホームには駅長がブラスバンドを従えて出迎えている。降りるのがちょっと恥ずかしい。さらに、改札口では観光協会の人が並び、乗客を拍手で出迎えていた。これには閉口したが、ベコニアの鉢植えをプレゼントされてまたもやニッコリ。私は昔から景品に弱いので、すっかり気分が良くなってしまった。
観光で成り立つ地方が1本の列車に掛ける期待は大きさに、改めて驚かされた次第である。
房総方面の特急は、近い将来、全列車が「房総ビューエクスプレス」に置き換えられると思っていたのですが、リニューアルしたとは言え、未だに半分以上が、房総電化時に投入された183系(昭和47年製)が使われています。
JRの規則によると、下車には二つの意味がある。一つは列車から降りること。もう一つは改札口から出ることを指している。良く使われる途中下車とは後者。旅行を中断して改札口から出ることである。
乗車券は原則として途中下車を認めている。しかし、100Km未満の乗車券(有効期間1日)、途中下車を禁止した割引切符、近郊区間など特定エリア内を発着する乗車券などは途中下車を認めていない。途中下車を禁止している乗車券で途中下車をすると「前途無効」で回収されてしまう。理不尽とも思われる規則だが、タチの悪い不正乗車を考える輩が少なくない。善良な利用者が迷惑している訳であるが、やむを得ないだろう。また、割引切符の場合は、普通乗車券を買った人との兼ね合いを考えてのことらしい。
厳しすぎるような「途中下車前途無効」の規則であるが、都区内や山手線内発着の乗車券で、都区内や山手線内で途中下車をする場合には特例が認められている。特例を適用してもらうには、精算窓口に申し出て発駅から下車駅までの運賃を支払い、乗車券に証明をしてもらえば良い。つまり、乗車券を未使用の状態にしてもらうのである。結果としては運賃が多少高くなってしまうが、前途無効になるよりはマシである。
平成5年12月1日、JR東日本を中心にダイヤが改正された。このダイヤ改正では夜行列車の大幅な見直しが目玉で、「ゆうづる」や「津軽」、「八甲田」など由緒ある列車名が消えた。寂しいが、これも時代の流れであろうか。しかし、安価で気軽に乗れる急行列車の廃止はいただけない。それに代わる列車の新設をして欲しかったと思う。特に「津軽」は東北出身の人にとって、格別の思いがある列車だ。単に輸送手段として扱うのでは、画一的に過ぎるのではないだろうか。別な列車に命名するなり、列車を残すなりの対策を講じて欲しかった。
この他、このダイヤ改正では、中央本線の特急「あずさ」に新型車が投入されたことや、磐越西線に「VIBAあいづ」が新設されたことも見逃せない。「あずさ」は新機構を取り入れた車両で、テレビ等でも紹介された。「ビバあいづ」は上野〜会津若松間に1往復走っていた「あいづ」を、郡山〜会津若松間に短縮し、3往復に増発したものである。この車両は、常磐線の「ひたち」に使っていた車両を改造したもので6両編成。3号車は「インビテーションカー」として、乗客なら誰でもが自由に使えるフリースペースになっている。この聞き慣れない車両では、会津地方の観光案内をするとのこと。ちょっと楽しみである。
このように、線区毎に特色を持った列車が増えたことを評価したいと思う。
昨年、私が乗車した記録は、乗車距離8612.2Km。乗車時間150時間52分。乗車回数513回でした。
統計をとっていて気が付いたのですが、電車通勤をしている方はこの数字以上に電車に乗っている筈です。年間通勤日数を250日として計算すると、往復500回は乗車します。柏から上野まで片道約26Km、30分ですから、乗車距離は52Km×250日で13000Km、乗車時間は250時間(10日10時間)にも達します。この通勤時間を労働賃金として計算したら、いったい幾らになるのでしょうか。しかし、通勤に対する評価は、全くなされていないのです。評価を求めることは間違っているのかも知れませんが、少しでも快適な通勤を求めなければ現状は変わりません。
JR東日本では「グリーンカウンター」なる窓口を設けて利用者の声を聞こうとしています。しかし、利用者は「苦情承所」と考えているらしく、抽象的な意見が多いようです。今年は常磐線利用者が一丸となって、鉄道の仕組みを知り、通勤の実体験をもとに具体的な改善案を持って「グリーンカウンター」を訪れてみるのはいかがでしょうか。
このコーナーを書くようになって、はや4年目を迎えました。最初は簡単に「国鉄での経験を書けば良い」と考えていたのですが、書くことによって、今までとは違った視点で鉄道を見ることができるようになった気がします。本年も御愛読を願います。
トンネルを抜けると別の世界に来たような気分になる。「山で隔てられた日本だから…」といえばそれまでだが、トンネルには鉄道の技術が凝縮されている。
現在、日本のトンネル掘削技術は世界一であるが、現在の技術を持ってしても自然の摂理に逆らうことはできない。ましてや、昭和初期までのトンネル掘削は未知との闘いに他ならなかった。丹那トンネル(東海道本線・7840m)が開通に16年間もかかったのも未知の地層に苦労したためである。
山を越える鉄道は、山ひだに添って急カーブを繰り返し、許される限りの急勾配であえぎながら峠に向かう。最後に山塊が立ちはだかって、初めてトンネルで山を越えたのである。
トンネルの中は排水のため勾配が付いているので、蒸気機関車はトンネルの中でも石炭を燃やす。機関士が窒息死することも珍しくなかった。清水トンネル(上越線・9702m)が昭和6年に電化で開通しているのも当然であろう。
トンネルの開通式では殉職者の遺影を抱いて出席する習慣が今でも残っているとか。そんな、トンネルにまつわる苦労話に思いを馳せれば、暗いトンネルにも愛着が涌いてくる。
車輪には列車が安全に走るため、色々な工夫がなされている。
車輪は車軸部と車輪部から成り立っているが、車輪部は鉄のタイヤを着けているのである。タイヤの直径は車輪部の直径よりも小さい。それを熱で膨張させて車輪部にはめ込むのである。常に車輪部を締め付けている状態だから絶対に外れない。タイヤに寿命がくると車軸ごとスクラップにしているのも「タイヤを外せないためでは?」と思ってしまうほどだ。
タイヤにはフランジという数センチの出っ張りが内側にある。もちろんタイヤをレールの正しく導くためのものだ。車輪直径や車両の性格によって大きさが決められてはいるが、たった数センチで30トン以上もある車両を脱線させないのだから、その働きには恐れ入るばかりである。
また、タイヤとレールが接する部分(踏面=とうめん)には、外側に向かって2.5%程度の傾斜が着けられている。この傾斜も曲線通過時の左右車輪の回転差を調整したり、車体を線路の中央に導くなど、フランジに負けない働きをしている。
タイヤは常にレールと擦れて光っているが、この光は技術の輝きでもある。
(平成6年4月2日 第137号掲載)
平成6年3月27日、また蒸気機関車が復活した。場所は真岡鐵道(第3セクター鉄道。元国鉄真岡線)の下館〜茂木間41.9Km。もちろん観光用で、定期列車ではない。この蒸気機関車の運転は、栃木県芳賀地区広域行政組合がを始めとする、真岡鐵道沿線の市町村が地域活性化の起爆剤として計画したもので、真岡鐵道は運行に関する一切を委託されている。
復活した蒸気機関車はC12形66号機。昭和8年に日立制作所で作られた、小型の簡易線区用タンク式機関車である。デフ板(排煙板=ボイラー先端両脇にある板)や、テンダー(炭水車)がないので、D51形など本線用の大型機関車とは違った魅力がある。この機関車は、小海線、日中線、会津線などで172万Kmを走り、昭和47年に廃車となったが、福島県川俣町で大事に靜態保存されていたものである。
一時期、蒸気機関車を保存するブームがあったが、維持に関しては全くの無関心であったため、復活できる機関車は皆無に等しいと言われている。(靜態保存車を復活する場合、僅かでも内部に錆があると、その部分は新製しなければならない。)つまり、保存した蒸気機関車のほとんどはミイラになって、無惨な姿をさらしている。錆びて骨格部分にさえ穴があくなど、危険な常態になっている例も少なくない。
真岡鐵道の蒸気機関車復活は、安易に蒸気機関車を管理する者に対する警鐘なのかも知れない。
夏休み期間などに運転。乗車券の他に「乗車整理券(500円)」が必要。1カ月前の午前10時からJR東日本の「みどりの窓口」で発売。上り列車は逆向き運転。茂木に車庫があるため、下館〜茂木間は回送列車を含め、2往復が見られる。
真岡鐵道には新しくC11型蒸気機関車も復活しました。磐越西線でもC57型蒸気機関車が復活します。以前からの、秩父鉄道のC58型、JR東日本のD51型と、関東近郊でも気軽に蒸気機関車が見られます。一方、北海道のC62型はボランティアによる維持を行っていましたが、資金難で廃車となり、大井川鉄道では車検費用が足らず、何台かの機関車が休車の危険に付きまとわれています。
因みに、流山市運動公園のD51の保存状態は良好な部類ですが、復活運転は絶望です。野田の清水公園にあったC57は腐食が激しく危険な状態にあったため、スクラップとなりました。
新聞に「寝台特急みずほ廃止」と大きな見だしでJRのダイヤ改正が発表された。よく読めば寝台特急の削減を中心に、相当大掛かりなダイヤ改正である。新幹線の開業以来、寝台特急の斜陽化が言われてきたが、ついに来るべきものが来てしまった。我が身を切られるようなショックが全身を走っている。確かに国内が日帰り可能となった現在、15時間以上もかかる寝台特急は時代遅れなのかもしれない。航空機や新幹線はこの30年間で驚異的な一般化を遂げた。しかし、その陰には交通機関の特徴を無視したともいえる「スピード万能主義」への転換が横たわっている。単に所用時間を短縮しても、有効時間帯を考慮した旅行時間の短縮でなければ、交通費が高くなったに過ぎない。夜間時間帯を有効に利用する夜行列車の活用が無視されていたのではないだろうか。こう考えると今回のダイヤ改正もこの延長上にあると言わざるを得ない。寝ながらにして目的地に到着できる寝台列車には、航空機や新幹線にない利点がある。それぞれの運輸機関の長所が生かされたダイヤ改正が登場することを願って止まない。
何で寝台特急を廃止するのか!
「乗車効率が悪いから」「不経済な列車だから」。そんな姑息な理由なんか聞きたくない!
乗りにくくしていたのは誰なんだ。現場の人間がいくら努力したって、寝台特急を魅力ある列車に育てようとしないばかりか、重箱の隅をつつくような欠点をあげつらい、悪イメージを定着させてきたのは誰なんだ!
飛行機よりも早朝に目的地に着く。乗り換えがほとんど無くて目的地まで行ける。鉄道の長所を最大限に発揮できる。高齢者にも優しい列車だよ。寝台特急は!
一部の豪華寝台列車を設定して「寝台特急にも力を入れています」なんて言うな!みんなが気軽に使えてこそ列車の使命が果たせるのに、殿様列車を走らせて良しとしているのでは、列車を何と考えているのか。!
寝台特急に乗った人には、それぞれに列車に対する熱い思い出がある。列車名が変わるのはやむを得ないとしても、単純にそれを切り捨てても良いのか!
「さくら」「はやぶさ」「みずほ」「富士」「あさかぜ」「出雲」「紀伊」「いなば」「瀬戸」「あかつき」「明星」「彗星」「なは」「月光」「北星」「新星」「ゆうづる」「はくつる」「はつかり」「あけぼの」「北陸」「出羽」「鳥海」「日本海」「北斗星」「トワイライト」「カートレイン九州」「カートレイン北海道」
まともに育った寝台特急は幾つある?急行寝台まで含めたら限りがない。関係者の猛反省だけじゃ済まないよ!
とにかく私は、今でも怒っている!
流山新聞社、編集長には大変迷惑を掛けてしまいましたが、どうしても書く気になれなくなってしまったのです。
突然ではあったものの、ひとまず筆を置くことになりました。
最近、「サンライズ瀬戸」「サンライズ出雲」と、新しい電車寝台が新しいがデビューし、「カシオペア」が設定される等、寝台特急にも光が射したかなとも思っています。幸いにも私の教育よろしく?、6歳になる息子は寝台特急に乗りたがり、3歳の時から夜行日帰りで寝台特急に乗るよう努めています。でも、私に取っては、寝台特急との別れの挨拶であるような気がしてなりません。
長文のご購読、有り難うございました。